そのようなことをしているからEUはイギリスに逃げられるのだ。もはや冗談のようである。
ロイターによれば、欧州委員会は7月7日、スペインとポルトガルの財政赤字の額が過剰であるとして、GDP比0.2%程度の罰金などを含む制裁を検討する手続きを開始した。EUは加盟国に対して財政赤字をGDP比の3%に抑える義務を課しており、スペインとポルトガルは2009年以降、過剰財政赤字の是正手続き対象国となっている。
南欧諸国のせいではない南欧諸国の財政赤字
何度も言うようだが、こうしたEUの要求には正当性がない。その一番の理由は、スペインやポルトガルなど南欧諸国の財政赤字の原因がEU自身にあるからである。
ギリシャやイタリアなどを含む南欧諸国の財政収支はユーロに加盟したことによって悪化した。これは、ドイツやフランスなどに比べ経済的に小国である南欧諸国にとって、共通通貨ユーロが高過ぎることに原因がある。日本経済が円高に苦しんでいた時のことを思い出してほしい。南欧諸国は同じ通貨圏にドイツやフランスなどの大国が居ることによって、通貨高による不況を恒常的に受けるように強制されているのである。
これは経済学的には次のようになる。マクロ経済学には以下の等式が存在する。
- 政府貯蓄 = 貿易収支 + 投資 – 民間貯蓄
この等式は通貨高によって貿易収支が悪化した場合、政府の財政が自動的にネガティブな影響を受けることを示している。南欧諸国は上記の理由で恒常的に通貨高状態にあるため貿易収支が振るわず、南欧諸国の財政は恒常的に悪化せざるを得ないのである。これが欧州債務危機の本当の原因である。
しかも上記の等式を逆に考えれば、ドイツなどの大国はユーロから利益を受けていることを意味する。ドイツにとって安いユーロはドイツの輸出業を助け、それは同時にドイツの財政を改善した。ドイツ人は自国の財政黒字を自分たちの勤勉さの成果だと言い、ギリシャ人らは怠惰だと非難しているが、その実は共通通貨ユーロを通じて南欧諸国からドイツへと資金が移転されたに過ぎないのである。
この奴隷制度のような状況は様々なエコノミストらによって指摘されてきたが、ドイツ人が自分に都合の悪い真実を気に留めることはない。著名ヘッジファンドマネージャーのジョージ・ソロス氏はかなり以前から次のように主張していた。
ドイツ人が負債についてどれほどギリシャ人を責めようとも、対価を払うべきなのはドイツなのだ。
しかし南欧諸国の受難はユーロだけでは終わらない。
緊縮財政
ユーロだけでも十分に酷いのだが、状況を更に悪化させるのがEUの緊縮財政規定である。南欧諸国はユーロのために財政が悪化せざるを得ない状況に追い込まれているにもかかわらず、その結果財政が悪化すれば今度はEUから罰金を課せられる。
南欧諸国は健気にもEUの規定に従おうと努力する。しかし輸出業が振るわず、失業率も高い状態で緊縮財政を行えば、経済は更に減速し、そうなれば税収も減って財政赤字は更に悪化することになる。ジョージ・ソロス氏は景気後退時における景気刺激についてこう表現している。
車がスリップした時、先ずは滑っている方向にわざとハンドルを切り、そしてコントロールが戻った後、ようやく正しい方向へハンドルを切ることができるというようなものだ。
だがスリップ時における適切な対処がEUによって禁じられているのだから、南欧諸国の経済はもう滑り続けるしかない。しかもその上EUは哀れな南欧諸国に罰金まで課そうとしている。南欧諸国はこのような牢獄に閉じ込められているのである。
イギリスのEU離脱の際に日本のメディアでも様々な議論が見られたが、こうした当たり前の経済学的事実に触れているものはほとんど見られなかった。上記の状況を見れば、EUなど何処をどのように擁護すれば良いのか分からないくらいである。EU擁護派はどのような理屈で上記の非人道的状況を正当化できるのだろうか。各国のメディアに長年目を通しているが、EU擁護で説得力のあった主張は一つも見たことがないのである。