世界最大のヘッジファンド: ドルが基軸通貨から滑り落ちる理由

引き続き、Impact Theoryによる世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏のインタビューである。

インフレとドル高

今回はダリオ氏がドルの長期見通しについて語っている部分を紹介したい。

コロナ後、アメリカの通貨ドルはインフレにもかかわらず大きく上がった。インフレ対策でFed(連邦準備制度)が大規模な金融引き締めを行なったからである。

だがここには矛盾がある。インフレとはそもそも紙幣の価値が下がることなのだから、インフレでドルの価値は下がらなければおかしい。

だが2022年にFedが金融引き締めを行なって以来、ドルはむしろ多くの通貨に対して上がった。

しかしインフレによる本質的な価値減少は存在している。だがそれがドルに襲いかかるまでには時間差がある。以下の記事で論じている。

基軸通貨としてのドル

だが今回ダリオ氏が話題にしているのはドルに関する金利やインフレ率以外の要因である。

第2次世界大戦以後、ドルは基軸通貨として使われてきた。基軸通貨とは、世界中で多くの国に決済や預金に使われる通貨のことである。一般に原油などの貿易は、アメリカとは関係のない2国間で行われる場合にも慣習としてドル決済されている。

それがドルの長期的上昇に繋がってきた。ドルの強さはアメリカがどれだけドルを刷っても続いてきた。アメリカがドルをばら撒いても、世界中で決済や預金のためにドルを買おうとする人々が居たからである。

だが多くの識者が指摘しているように、それがウクライナ情勢以後揺らいでいる。

1つの理由は、アメリカがロシアに対してドルを使って経済制裁を行なったからである。ダリオ氏は次のように述べている。

アメリカの最大の武器は、軍事力を除けば、経済制裁だ。経済制裁とは資産を凍結することだ。例えば債券だ。

ロシアにそれが起きた。そして中国のような他の国にも同じことが起きるリスクがある。

ロシア政府のみならず、一般のロシア人もドル資産を凍結されたり船などの資産を接収されたりした。

そしてアメリカは自分の対ロシア戦争に他の国をかかわらせるべく、制裁に加わらない無関係な国々を制裁をちらつかせて脅している。

ダリオ氏はこう続ける。

だから他の国々は考えている。アメリカの債券を保有していれば、同じことが自分にも起きるのではないか。そもそも自分は何故貿易を直接決済せずにドルという第三者の通貨で決済しているのか?

それはとても良い質問ではないか。そもそも何故ドルを使っていたのか。ダリオ氏は次のように言っている。

大量の米国債を保有している中国人がどう思うか考えてほしい。ロシアと同じように扱われるのではないかとわたしなら心配する。ドルは安全な資産として持っておきたいようなものではない。

当たり前の話である。だが西洋の人々は他国にバッタを食べることを強制して嫌がられないと思うくらいなのだから、ドルを押し付けたくらいでは物怖じするわけがない。

だが無関係の国々はそっと彼らから距離を置こうとする。

ダリオ氏はこう続ける。

2つの国、例えばサウジアラビアと中国が貿易をするとき、何故ドルで決済する必要があるのか? そもそもドルで決済すべき良い理由がない上に、今やドルを保有すれば制裁されるリスクがある。

だからこうした貿易はますます他の通貨で決済されるようになるだろう。

気づいてみればそれが普通だと分かる。大多数の人々が単なる紙切れに過ぎない紙幣に何らかの価値があると思いこんでいるように、誰も当たり前を疑わない。

だからサウジアラビアと中国の貿易に、何故かまったく無関係であるはずのアメリカの通貨が使われていることに誰も疑問を抱かなかった。

だが人々はそこに疑問を抱き始めている。こうしたものは、疑われない間は意外に長く持続するが、疑われ始めると意外にあっけないものである。

基軸通貨が没落してゆくとき

何故それがドルにとって危機的なのか。それは例えば中国が貿易においてドルを使いたくないと考えたとき、どれだけの規模の資金がドルから人民元に変わるかということを考えれば分かる。

ダリオ氏は次のように説明する。

歴史的には、基軸通貨を持つ国は世界の貿易とキャピタルフローで最大のシェアを持っていた。

アメリカ以外の国がドルを持つ一番直接的な機会は、アメリカとの貿易である。

だから他の国に自分の国の通貨を持たせるための一番の方法は、自分の貿易の規模を増やすことである。

だがダリオ氏は次のように続ける。

世界貿易に占めるアメリカのシェアは縮小し、中国のシェアは拡大してアメリカより大きくなった。

そうなればどうなるか? ダリオ氏はこう続ける。

富の貯蓄手段としてのドルの便利さも変わってゆく。

もし誰もが世界貿易でドルを使っていれば、ドルを使って消費できるのだから、ドルのまま持っておこうと思うだろう。

だが今や世界貿易におけるアメリカのシェアは下落している。中国が世界トップとなっている。

その中国が自分の貿易をすべて人民元で行おうとすれば、それはドルにどれだけの影響を及ぼすか。2022年の中国の輸出は3.6兆ドル、輸入は2.7兆ドルである。

結論

こうした動きは西側のバイアスがかかったメディアだけ見ている日本人を置き去りにしながら進んでいる。

ブラジルのルラ大統領は最近、BRICS諸国に自国通貨による決済を呼びかけた。更にこのルラ大統領はアメリカについて「戦争を扇動するのを止め、平和について話し始めなければならない」と発言して西側諸国を面食らわせた。

この発言はウクライナで2014年当時存在した親露政権を追い出した暴力デモを欧米諸国が支援し、その後の親米政権がアメリカの外交官ビクトリア・ヌーランド氏によって決められた(決めている音声をYoutubeに暴露された)こと、そしてその後もウクライナをロシアにぶつけるためにウクライナ政権に介入し続けたことを念頭に置いている。

ゼレンスキー大統領はそれに乗って、アメリカのためにウクライナ国民を犠牲にしたのである。彼を支援する日本人は全員人殺しである。

こうした背景を知らなければブラジル大統領の発言は理解できない。アメリカ国家安全保障会議のカービー氏は「ブラジルは事実を完全に無視してロシアと中国のプロパガンダをオウム返しにしている」と言ったが、ブラジルの外相に「まったく同意しない」と切り捨てられている。

アメリカ人の経済学者ラリー・サマーズ氏が次のように述べていたことを思い出したい。

民主主義やロシアの侵攻への対抗という点でわれわれは歴史の正しい側にいる。間違いなく歴史の正しい側にいるのだが、こちら側は少し寂しく見える。

アメリカ人は自分の側が寂しく見える理由を自分の胸に聞いてみるべきだろう。

こういう背景をもとにドルの長期的凋落は進んでゆくことになる。他の専門家の見解も参考にしてもらいたい。