アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏がBloombergのインタビューで、ウクライナや原油をめぐって分断化している国際政治について語っている。
アメリカ抜きで進む原油政策
ロシアによるウクライナ侵攻後、世界では様々なことが起こっているが、地政学的に重要な最近のニュースとしてはOPEC+による減産合意が挙げられるだろう。
アメリカの金融引き締めで長らく下落を続けていた原油価格は、合意のあと多少持ち直している。
アメリカではESGだのSDGsだの言って原油を嫌っていたはずのバイデン政権が何故かOPEC+の原油減産を批判しているが、彼らは放っておいて良いだろう。
それよりも重要なのは、この減産合意が産油国であるロシアにとってもプラスになるということである。
日本を含む西洋諸国による対ロシア経済制裁は迂回されておりロシア経済にダメージを与えていない。
だがアメリカの金融引き締めで原油価格自体が下がっていることはロシア経済に効いており、ロシアルーブルは原油価格の下落に伴って今年は軟調に推移している。以下はドルルーブルのチャート(上方向がドル高ルーブル安)である。
だからロシアはOPEC+の減産合意を有難がったはずだ。OPECを率いているのはサウジアラビアであり、サウジアラビアがどれだけロシアを利する目的で減産合意したのかは不明だが、少なくともアメリカ人はそのように見ている。
サマーズ氏は次のように述べている。
中東では例えばサウジアラビアとロシアの関係や、中国の仲介でサウジアラビアとイランが国交正常化したことなど、様々なことが起こっている。
アメリカ抜きで進む中東世界の政治
最近の国際情勢で重要なもう1つのニュースは、サウジアラビアとイランの国交正常化である。これは中国の仲介で行われたのだが、イスラム教のスンニ派とシーア派の盟主同士の和解(少なくとも国交正常化)はイスラム世界ではかなりのニュースである。
しかもそれが中国の仲介で行われた。あるいは逆の見方をすれば、サウジアラビアとイランが中国に花を持たせてこの大役を担わせてあげたと考えることもできる。
だが、中国が実際に影響力を増しているにせよ、中東諸国がそう見せたいと考えているにせよ、どちらにしてもアメリカには悪いニュースである。
サマーズ氏は次のようにコメントしている。
イランはアメリカにとっての大きな困難の象徴のようなものだ。
何故ならば、アメリカはイスラエルの敵であるイランを孤立させたかったからだ。サウジアラビアを自分の側に引き寄せようとしていた。
だがサウジアラビアはイランに歩み寄る道を選んだ。
個人的な意見では、それは今のアメリカがバイデン政権であることが影響している。バイデン政権は少し前までは化石燃料を嫌って原油を生産するなと言っていたのが、原油の生産が減ってインフレになった途端に中東諸国の減産に怒り出している。
何故リベラルな人々はこうも情緒不安定なのか。中東諸国が距離を置きたいと思うのも当然である。
中東における西洋諸国
そもそも西洋諸国が中東で好かれる理由が1つでもあるだろうか。第1時世界大戦におけるイギリスの三枚舌外交、存在しない「イラクの大量破壊兵器」を口実にイラクを攻撃したブッシュ大統領によるイラク戦争、それより以前に同じようなことをアジアでもアフリカでもやったのだから、むしろ彼らが好かれるべき理由を1つでも教えてほしい。
だがアメリカ人の認識は違うようだ。サマーズ氏は次のように述べている。
民主主義やロシアの侵攻への対抗という点でわれわれは歴史の正しい側にいる。間違いなく歴史の正しい側にいるのだが、こちら側は少し寂しく見える。
多分それは間違っているからだろう。
西洋側にバイアスのかかった日本にいるとそれが見えない。日本人にとってウクライナ情勢が2022年に突然始まったかのように見えるのは、日本人がそれ以前のウクライナの政治について一切何も知らないからである。
その上に例えばウクライナ政府にとって都合の悪い情報は速やかに削除されている。
だから実際には戦争を引き起こした元凶であるウクライナのゼレンスキー大統領が悲劇の救世主に見えるのである。戦争の発端は彼がブダペスト覚書を破棄しようとしたことだが、日本人はそもそもブダペスト覚書が何かさえ知らない。にもかかかわらずウクライナ情勢に意見を持っている。奇妙な人々である。
世界から見た西洋諸国
だが他国の人々はウクライナや中東の歴史について日本人の知らない実情を知っている。それで特に途上国の人々が考えているのが、ドル支配からの離脱である。
ウクライナ人をロシアに対する武器として扱おうとしているアメリカは、世界経済がドルを中心に動いていることを利用し、敵対勢力の資産凍結を行ない、経済制裁に協力しない他の国を脅して回っている。
日本人は何とも思わないのだろうが、西洋諸国の政治的都合に左右されない国から見ればまったく「正しい側」でも何でもないアメリカがドルの権力を乱用しているのを見て、多くの国は密かにドルから離れようとしている。ドルを持っていればアメリカの都合で資産を凍結されかねないからである。当然の動きだろう。
最近、ブラジルの大統領はBRICS諸国に対して貿易の決済においてドル以外の通貨を使うことを呼びかけた。
サマーズ氏はアメリカ人だが、頭の良い彼はそうした状況をある程度客観的に見ることができるらしい。彼は次のように述べている。
世界経済のブロック化がますます進んでおり、それは多分問題となってきている。そしてわれわれのブロックが連携相手として一番良いブロックではないかもしれないという感覚がますます広がっていると思う。
その理由として1つ挙げられるのは、西洋人の「価値観」だろう。
西洋諸国は自分が良いと思い込んでいるものを他国に押し付けることを好む。
例えば脱炭素政策や絶滅危惧種の重要視である。彼らにとって、1匹のホッキョクグマは単にレアだという理由で1匹のヒグマより重要らしい。ヒグマにとってはたまったものではないだろう。ヒグマが何をしたと言うのか。
また、電気自動車に大量のバッテリーが使われることで、アフリカではレアメタルの採掘による環境破壊が進んでいるが、いわゆるグリーンな人々にとって脱炭素のためならアフリカの自然などどうでも良いのだろう。
彼ら西洋人の本質は、彼らが重要だと思うもの以外の価値を認めないことである。
別に彼らがそういうものに偏った興味を示すこと自体はどうでも良いのだが、彼らはそれを他国にまで押し付ける。お帰り願いたいものである。だが日本の英語の教科書には温暖化とグローバル化と障害者の話しか載っていないではないか。この奇妙な偏りを誰も気にすることがない。
だがそれは、子供にとって余計なお世話である以上に、軍事的な侵略である。戦国時代、キリスト教を布教する目的でアジアにやってきた西洋人は、現地のキリスト教徒を武装蜂起させることで植民地を増やしてきた。
今ではそれが環境や同性愛の話に取って代わられただけのことで、西洋人のやっていることは数百年前から一切変わっていない。
西洋の政治的価値観への抵抗
だがそれに対抗する国もある。中国が英語教育を制限しているのは、そうした政治的潮流を通じて自分の都合の良いように他国を変えようとする西洋の意図を感じ取ったからである。
「英語教育を制限した」という表面だけ見れば、中国の頭のおかしい政策に見える。だがもう少し考えてみるべき背景が存在している。
日本人は同意しないかもしれない。だがアメリカ人であるサマーズ氏は次のように述べる。
新興国の人がわたしにこう言った。中国は新興国に空港を作ってくれるが、アメリカがくれるものは説教だ。中国などの価値観よりアメリカの価値観の方が好きだが、まったく同様に説教より空港の方が良い。
当たり前である。ウクライナのアゾフ連隊のことさえまともに報じられないような情報規制された国に居れば何も見えないかもしれないが、少し視野を広げてみれば世界から西洋がどのように見られているかが見えてくる。サマーズ氏はアメリカ人であるにもかかわらずそれに気づいている。
結論
別にホッキョクグマや障害者の人々を彼らが他よりも優先すること自体は構わない。だが、他の人は他のものに興味があり、他の人の人生では他のことが優先されることもあるということを彼らは理解しない。誰もがそのことについて考えなければならない訳ではない。
彼らが多様性の確保を声高に叫ばなければならないのは、彼ら自身に多様性を許容する心が欠けているからである。
何故それが例えば学校や英語教育で教えられなければならないのか。自分の政治的感情を子供に平気で押し付けられる神経は筆者には理解不能である。
まあ子供に問答無用でワクチンを押し付けて高熱を出させて平気でいられるナチュラルにパワハラな大半の人々は西洋諸国の行動に対して何の疑問も抱かないのだろうが、筆者は彼らにも西洋人にもどん引いている。
そして世界経済は少しずつ彼らから、そしてアメリカとドルから離れて行っている。自分のバイアスから離れて世界を見ることが、投資家にとっては死活問題である。
だから投資家は政治についても他の人とは別の観点を持っている。ほとんどの日本人には見えないことが、世界的なファンドマネージャーらの間ではコンセンサスなのである。