アメリカ経済の急降下を織り込んでいる債券市場

シリコンバレー銀行の破綻やクレディスイスの救済などの世界的な銀行危機の後、金融市場は慌ただしく動いている。悲観と楽観が交差している。

それは比較的理性的に動く債券市場でも例外ではない。金融市場の中で一番正確な経済予想を提供する債券市場は今何を考えているのか。

インフレと金融政策

Fed(連邦準備制度)にとって状況は複雑である。アメリカのインフレ率はまだ6.0%と高く、サービス価格は根強いインフレを示している。

一方で銀行危機を懸念する声が多くの専門家から上がっている。

Fedはこれまでインフレ退治のため利上げを行なってきた。政策金利はゼロから4.75%まで急上昇した。

だがその一方で、以下の記事で解説したようにこの高金利がシリコンバレー銀行を殺したことには疑念の余地がない。

Fedはこれからどうするのか。インフレ抑制のために高金利を維持するのか。筆者の予想の通り経済減速により利下げに動くことになるのか。株価を左右する金利の動向に市場参加者は注目している。

金利先物市場の利上げ予想

債券市場は今どう考えているのか。まず次回5月の会合だが、金利先物市場はFedの決定がどうなるかを以下の確率で織り込んでいる。

  • 4.75%を維持: 51.6%
  • 5.00%に利上げ: 48.4%

利上げなしの可能性の方がやや高いが五分五分である。

その後も予想は拮抗しているが、各会合ごとに一番確率が高いと織り込まれている政策金利を並べていくと次のようになる。

  • 5月: 4.75%
  • 6月: 4.75%
  • 7月: 5.00%
  • 9月: 5.25%
  • 11月: 5.25%
  • 12月: 5.50%

ペースは遅いが順調な利上げを見込んでいる。これは利上げしても経済が壊れない状態が少なくとも12月まで続くことを織り込んでいる。

撤回された利下げ予想

これは少し驚きである。何故ならば、少し前の金利先物市場の織り込みとはかなり違っているからである。

3月27日の記事で次のように書いたことを思い出したい。

金利先物市場の現在の織り込みによると、Fedはまず次の5月の会合で利上げを停止し、6月は政策金利をそのまま維持、7月には0.25%の利下げを行うという予想になっている。

シリコンバレー銀行破綻で急に経済に弱気になった市場が、今度は急に強気になり始めた。

1つ言っておくならば、そもそも7月の利下げ予想はやや不可解だった。利下げ予想自体は筆者の去年からの予想と一致するものの、6月までは利下げしないのに7月に何が起こるのかは不明だった。

その状況を不可解に思っていたら、今度は年内の利下げ予想が撤回されている。

そして今の債券市場の予想は、シリコンバレー銀行は利上げで潰れたのに、このまま利上げを続けても経済が年内まで壊れないというものである。

ソフトランディングどころではない債券市場の予想

この動きは株式市場のここ数日の反発と呼応している。

債券市場は利上げが経済に大きな影響を及ぼさないというソフトランディングを見込んでいるのか? 実はそうではない。何故ならば、今後2年間の政策金利の平均値を織り込んで推移する2年物国債の金利は、シリコンバレー銀行の破綻以前の水準をいまだ大きく下回っているからである。

2年物国債の金利は4.0%である。最近大きく利上げに傾いた金利先物市場に対して、2年物国債の金利はここ数日ではほとんど動いていない。

これはどういうことか? 債券市場は政策金利が年内に5.5%まで上がることを予想すると同時に、これから2年間の金利の平均が4.0%になることを見込んでいる。

金利は大幅下落へ

その状況は来年以降に大幅な利下げがなければ実現しない。つまり債券市場は政策金利が来年以降大幅に下落することを見込んでいる。

たとえ短期的に金利を上げようとも、いずれアメリカ経済は沈まざるを得ないということである。

株式市場がよく根拠不明の妄想で上下する一方で、債券市場は利下げのタイミングこそ前後するものの、基本的には去年から一貫してアメリカ経済の弱気予想を続けている。

債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏はそれを読み取って去年秋のインフレ率の急落を予想的中させた。彼は9月には利上げについて次のように言っていた。

手を休めて状況を見守るべきだ。何故ならば、債券市場の言葉に耳を傾けるべきだからだ。債券市場と経済学者のコンセンサスとが意見を違えるとき、債券市場の方が正しい。

去年インフレ率急落を誰よりも早く予想したのが債券市場だったから、その意味では投資家は債券市場に敬意を払うべきである。

一方で、細かい部分について言わせてもらえば、高金利が続く状況でアメリカ経済が年末まで保つとは思えない。何度も言っているが(そして著名投資家たちは皆同じことを言っているが)、シリコンバレー銀行の破綻は始まりに過ぎない。

リーマンショックのあった2008年、3月のベアスターンズの破綻のあと株式市場がある程度反発したように、投資家は馬鹿なので一度頭を叩かれてもすぐに忘れる。この意味で株式市場はコロナ禍で国民に犠牲を強いながら、東京五輪だけは何としてでも強行した自民党を親切にも再選させた日本国民に似ている。

2008年の米国株のチャートにおける3月以後の株価上昇に注目したい。

年間のチャートから見れば僅かな上昇である。だが自分の頭を1週間さえ同じ状態に保つことの出来ない株式投資家たちはこうした動きに大騒ぎする。

だが長期トレンドは容赦なくやってくる。状況を変えない限り、同じことが何度でも起こる。このチャートは自民党を選び続ける日本人の運命に似ている。

結論

株式市場が一喜一憂する一方で、債券市場と専門家たちはまったく違う方向を見ているようだ。

だが債券市場といえども細部を厳密に予想できるわけでもない。細かい部分は自分で考えることである。

自分で考えることのできる人間だけが金融市場で利益を上げることが出来る。そうでない人間は政治でも市場でも永遠に殴られ続けるだろう。