アメリカの元財務長官でマクロ経済学者のラリー・サマーズ氏がジョン・スチュアート氏によるインタビューでインフレについて語っている。
インフレの原因
インフレは2022年にようやく食卓の話題になった。ファンドマネージャーや経済学者たちの話題になったのは2021年だった。ここで初めてインフレ危機について取り上げたのは2020年10月である。
インフレはウクライナ情勢ではなくコロナ後の現金給付が引き起こした。それは3度の現金給付で急増したアメリカ国民の可処分所得とインフレ率のチャートを並べてみれば分かる。
だからサマーズ氏はこう説明する。
これまで起こったことはこうだ。未曾有の景気刺激があった一方で、経済は生産量を上げられなかった。需要は急増し、急増した需要が物価と賃金を押し上げ続けた。
簡単に言えばこうだ。お風呂にお湯を入れ過ぎればお湯はあふれる。需要が急増し過ぎれば物価は上がる。
ここまではまともな経済学者や著名ファンドマネージャーならば誰もがするような当たり前の議論である。
だが今回のインタビューが少し違うのは、インタビューしているのがリベラル派のコメディアンであるスチュアート氏だということである。
リベラルと保守
スチュアート氏はコメディアンで経済の素人だが、政治的にリベラルでアメリカのリベラル派の有権者が好きそうな論説を好きに喋っている。
例えば最近の物価の急激な高騰は企業が強欲なせいだと主張してサマーズ氏に次のようにたしなめられている。
企業が最近急に強欲になったという議論は無理があると思う。
だがリベラル派を代表するアメリカ民主党の政治家、例えばエリザベス・ウォーレン氏などは平気でこういうことを言う。
しかしこのインタビューでスチュアート氏が的を射ていることが1つある。緩和政策が企業利益ばかりを押し上げて有権者を豊かにしないということである。
企業や株主が儲かれば労働者もいずれ儲かると何の根拠もなく考え、アベノミクスを支持したイェール大学名誉教授の浜田宏一氏は、結局労働者の得にはならなかったことについて東京新聞に次のように述べている。
予想外だった。僕は漠然と賃金が上がっていくと思っていた。
筆者は知らなかったのだが、経済学者の仕事とは漠然と考えることらしい。
更に酷いことには彼は次のように続けている。
普通の経済学の教科書には、需要が高まっていけば実質賃金も上がっていくはずだと書いてある。
教科書に書いてあったのでそうなると思ったそうである。
出来る限り控え目に言えば、彼のコメントはあまりにも酷すぎる。筆者の意見では、間違った通説(そんなものはいくらでもある)を正せる人間でなければ専門家と呼ぶことはできない。彼は素人である。だがそれでもイェール大学の教授にはなれる。そういうものである。
低金利政策の意味
話をサマーズ氏に戻そう。こういう偽物ばかりが世の中にいるなかで、サマーズ氏は自分で考える頭を持った本物の経済学者である。
彼はスチュアート氏にこう言っている。
例えばリーマンショック後の景気後退に利下げで対応するべきではなかったという議論は出来るかもしれない。
だがそれは当時リベラルたちが主張していたことではない。リベラルたちが当時言っていたことはこうだ。「低金利が必要だ、そうすればローンを組んで家を買える、車を買える、求人が増える」
だが低金利は労働者を豊かにはしなかったし、現金給付は酷いインフレをもたらした。緩和政策は人々をリッチになった気にさせる。だがそれだけである。
何故か。そもそも低金利政策や量的緩和政策がどういうものかを考えてほしい。
債券にとって金利低下は価格上昇を意味するので、低金利政策とは債券価格を上昇させる政策である。量的緩和政策はもっと直接的に中央銀行が債券を買い入れる政策なので、債券価格が上がる。
債券が割高になれば資金は株式市場に流れる。そうすれば株価は上がる。よって低金利政策とは資産価格を上昇させる政策である。その受益者は、当然ながら資産を持っている人間である。
そうして元々資産を持っている人間は低金利政策によってより豊かになる。だが実際には経済の中に存在する商品やサービスの量が変わったわけではないので、低金利政策で富裕層が豊かになった分は実際には貧困層の取り分から来ている。
つまり低金利政策や量的緩和政策はほとんど直接的に貧困層から富裕層へと富を移転させる政策なのであり、筆者にまったく分からないのは、何故そんな政策を株式などほとんどまったく持っていなかった中間層や貧困層が支持したのかということである。
結論
低金利政策や量的緩和政策は資産価格を上昇させる政策であり、それ以外の何ものでもない。それで豊かになるのは当然ながら資産を持っている人間であって、資産を持っていない人間ではない。
何故こんなことが多くの人には分からないのだろう。彼らは何故インフレ政策を支持したのだろう。筆者には永遠の謎である。インフレが物価上昇だという意味さえ彼らは理解していなかったのに、何故インフレ政策を支持することが出来たのだろうか。彼らは超能力者なのだろうか。
そしてもう1つ付け加えれば、現在行われている利上げと量的引き締めは資産価格を下げる政策である。緩和政策が終わり、引き締めが行われる時期になってようやく株式を買い始めたつみたてNISA詐欺の被害者たちは真正のマゾなのだろう。