シリコンバレー銀行の決算書から破綻の理由を解説する

3月10日、アメリカでテック企業が集まるシリコンバレーで最大の預金シェアを誇っていたシリコンバレー銀行が破綻したことが金融業界で大きなニュースになっている。

金曜日には米国株も急落し、その影響で月曜日の日本株も下落した。市場では大騒ぎだが、筆者はまったく騒いでいない。解説記事をわざわざ書くべきなのかも迷ったくらいだ。

だが一応きちんと説明しておこうと思う。破綻の原因も、騒ぐようなニュースではない理由も、納得してもらえるだろう。

シリコンバレー銀行の破綻

シリコンバレー銀行はその名の通りシリコンバレーと関わりの深い銀行である。GoogleやAppleの本社のあるサンフランシスコ・ベイエリアでは、多くのスタートアップ(ベンチャー企業)がシリコンバレー銀行に預金口座を持っていた。

アメリカの歴史上2番目の規模の銀行破綻ということが強調されているが、それよりもシリコンバレー銀行はシリコンバレーの企業たちとのかかわりの中で考えた方が分かりやすいだろう。

シリコンバレー銀行が破綻した理由は何か。まず2022年末の決算書を見ると、シリコンバレー銀行のバランスシートの資産の欄には以下のものが計上されていた。

  • 現金: 138億ドル
  • 売却可能な証券: 260億ドル

そして負債の欄には以下のものが計上されていた。

  • 預金: 1,731億ドル

投資家であれば知っておくべきだが、銀行の決算書の場合、預金は負債の欄に記載される。預金は、預金者が引き出そうとすれば銀行が返さなければならないお金だからである。

1,731億ドルの預金に対して現金が138億ドルしかないことに注目したい。預金者は預けたお金を銀行が持っていていつでも引き出せると考えがちだが、預金を又貸しして収入を得るのが銀行のビジネスなので、実は預金のほとんどは銀行には存在しない。

この数字を見れば、預金者が預金の1割でも引き出そうとすれば、シリコンバレー銀行はたちまち現金不足に陥るということが分かる。この件の一番の教訓は、預金者はまず自分の預金が必ずしも安全な状況にあるわけではないということを理解すべきだということだろう。

預金者のスタートアップたち

さて、では預金者側の動きはどうだったか。上で少し述べたように、シリコンバレー銀行の預金者の多くはシリコンバレーのスタートアップである。AppleやGoogleの本社が並ぶシリコンバレーでは、起業をするとまずシリコンバレー銀行に口座を作ることが多い。

アメリカのテック企業はアメリカの利上げでかなり厳しい状況にある。スタートアップのほとんどはアプリなどを作り、ユーザはいるが収益化はまだ出来ていないという企業が多く、日々のランニングコストを借金に頼っている。

だがアメリカでは物価高騰を止めるために利上げが行われている。政策金利はゼロから4.5%まで上げられた。ほとんどゼロコストで借金できていたものが、多額の金利を払わなければ借金できなくなる。

借金することが難しくなったスタートアップたちはどうするか? アメリカは物価高騰に見舞われている。債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏は次のように言っていた。

2022年には食料品とガソリンのために消費者は借り入れ額を増やした。「人々はクレジットカードを大胆に使うことにためらいがない、これは将来にとって良い兆しだ」などというのは単純に馬鹿げている。人々は好んでそうしているわけではない。そうせざるを得ないだけだ。

そして物価高騰で苦しんでいるのは消費者だけでなく、家賃や給与を支払わなければならないスタートアップも同じである。そして元々借金に頼り切っているシリコンバレーのスタートアップの方が受ける影響が大きい。

彼らはどうするか? 当たり前だが預金を取り崩すだろう。シリコンバレー銀行には1,731億ドルの預金があった。上で「預金者が預金の1割でも引き出そうとすれば」と言ったが、その状況がまず実現した。

枯渇したキャッシュフロー

預金引き出しに対応するため、138億ドルの現金がまずすべて消えた。シリコンバレー銀行の資産は他にもあるが、ほとんどが債権(貸しているお金)なので、それが返ってくるまで現金にはならない。

そこでキャッシュを確保するために出来ることは、260億ドルの売却可能な債券を売って現金に替えることである。260億ドルのうち、161億ドルが国債、66億ドルが住宅ローン証券だったようだ。住宅ローン証券とは住宅ローンを証券化した、リーマンショックでジョン・ポールソン氏が空売りした例のアレである。

だがこれらの資産も下落していた。ここ1年ほどの債券市場がどうだったか、ここの読者には言うまでもないだろうが、債券にとって金利上昇は価格下落を意味するので、アメリカ中の債券がここ1年で暴落している。

それで証券売却も結構な含み損を確定する形で行われたようだ。それでもう少しの現金を調達したようだが、それでも結局1,731億ドルの預金が崩れてゆく状況を止めることは出来なかった。

シリコンバレー銀行には他にも資産があった。だが現金が尽きた時、企業は倒産する。企業の決算を見る上でそれが重要な点である。

手持ちの債券を売れるだけ売っても結局現金は足りなかったので、シリコンバレー銀行は破綻した。

シリコンバレー銀行破綻はニュースではない

だがこの話で本当に窮地にあったのはシリコンバレー銀行だろうか。それともシリコンバレーの企業だろうか。

この記事で筆者が本当に言いたいのは、シリコンバレー銀行が破綻に向かったプロセスの説明ではない。アメリカ経済の状況をもっと広く見てもらいたいということである。

インフレを受けてアメリカは金融引き締めを行なっている。その目的は、コロナ後に現金給付によってばら撒かれた紙幣の量の増大を止めるためである。

少しでも経済が理解できる人間ならば誰でも知っていることだが、インフレはウクライナ情勢ではなくコロナ後の現金給付、つまり紙幣のばら撒きによって生じたのだから、インフレを止めるためにはそれを回収しなければならないのは当然のことだ。

市中に存在する紙幣の量はマネーサプライと呼ばれる。マネーサプライとは大雑把には現金と銀行預金の金額の合計であり、1970年代の物価高騰では当時のポール・ボルカー議長がマネーサプライの量を制限することでインフレを止めたことが有名である。金をばら撒けばインフレになり、金の量を絞ればインフレが止まる。当たり前である。

だがここで重要なのは、マネーサプライは借金で増えるということである。ある人が銀行に1万円を預け、それを銀行が他の人に又貸しすれば、最初の人の銀行口座に1万円、貸された人の銀行口座に1万円がそれぞれ出来るので、1万円がマネーサプライ上では2万円になる。

マネーサプライを制限するとは借金を制限するということであり、それはつまり預金を減らすということである。

だから銀行から預金がなくなることは当たり前ではないか。マネーサプライを減らすことと預金が減ることはほとんど同語反復である。

もっと言えば、金利を上げればこれまで借金で生きていたシリコンバレーの無収益スタートアップたちが危機に瀕することも当たり前ではないのか。とどめに言うべきなのは、債券が下落して債券の保有者が苦しんでいたことなど何のニュースでもない。それは去年から誰もが知っている。

結論

そもそも米国債は31兆ドル存在していて、その大半の価格が大きく下落したのだから、数千ドルや数兆ドルの損失がアメリカ経済には既に発生していたのである。シリコンバレー銀行の破綻はその一部に過ぎない。

債券の金利上昇は価格の下落を意味する。だがアメリカの長期金利が上がったことを知っている投資家は居ても、その裏でどれぐらいの損失が出ているのかを意識する投資家はほとんどいないようだ。アメリカの長期金利は次のように推移している。

長期金利が去年の半ばには3.5%まで上がっているのだから、今回のシリコンバレー銀行の破綻は、去年半ばに既に起こっており既に誰もが知っていたはずの損失の一部が「大銀行の破綻」というニュースに乗ってたまたま露呈したに過ぎない。だがそれは既にこの長期金利チャートに含まれている情報である。ニュースでも何でもない。

更に言えば、ハイテク企業の窮状についてもここでは何度も記事にしているではないか。

ジョージ・ソロス氏は2021年末には利上げがハイテク企業に被害を与えることを予想してNasdaqを空売りしていた。

だからこのニュースとは呼べないニュースで騒いでいるすべての人に言いたい。今更何を言っているのか。

この件におけるニュースとは利上げである。そしてそれは2022年初頭から誰もが既に知っている。

金利が上がった後、こういう状況はアメリカ経済の中で既にいくらでも起こっており、金利が高い限りこれからも起こる。シリコンバレー銀行は規模が大きいので、その速報に人々が飛びついただけである。

だが株式市場はそういう人々で構成され、元々分かっていたようなニュースとも呼べないニュースに反応して下落してゆく。

リーマンショックの時もそうだった。何処かで何かが弾ける。それは元々分かっていたことなのだが、株式市場はそれまで下落しない。こういう分かりやすい形で言われなければ、株式投資家は状況を理解できないらしい。一方でより理性的な債券市場は既にそれを予想している。

だから株価はこういう形で落ちてゆく。下落相場とはそういうものである。何度も言っているが、2023年の金融市場は景気後退と株価暴落、そして金利低下である。筆者にとってはそのシナリオがそのまま進んでいるに過ぎない。

それは2022年にFedが利上げを始めた時から分かっていたし、もっと言えば2020年に馬鹿げた現金給付をやった時から分かっていたことである。今更ではないか。