著名債券投資家のビル・グロス氏がBloombergのインタビュー(英語)で、投資家は2016年の金融市場における資産価格バブルに注意すべきだと忠告している。
まともな投資先のない世界の金融市場
これはわたしも2015年8月の世界同時株安の以前からずっと言っていることだが、世界中の金融市場にまともな投資先がない。株式も債券も飽和状態であり、去年後半からわたしのポートフォリオがオプションの売りにかなり依存してきたことも、読者には周知の通りである。
日本の読者の多くが外国株オプションの売りの出来る証券口座を持っていないだろうことは理解しているが、しかしそれしか投資先がないとすれば、一体何が出来るだろうか。これはわたしの周りのファンドマネージャーらにとっても同様であり、そうした事実自体が現在の金融市場の異様さを物語っている。
グロス氏は、先ずこうした状況下での投資目標と、世界の金融市場の現状について語っている。
(グロス氏の運用する)Janus Unconstrained Fundにおける目標は3-5%の利回りだ。優れたリターンには聞こえないが、現状の株式市場よりはよほどいい。わたしはこれを現実的な目標だと考えているが、それを認識するためには、債券の利回り、イールドカーブ、株価水準、P/E(株価収益率)などの数字が人工的に飽和状態にあることを考えなければならない。
量的緩和がもたらしたバブルとは何か? どの資産クラスがどれだけバブルであるのかを正確に言い表すことは容易ではないが、しかしその程度の差異を認識しておくことは投資家にとって有益である。グロス氏は、債券市場で例を見つけるのは簡単だと言う。
債券市場でバブルを見つけるのは簡単だ。ドイツでは5年物国債の金利が-0.25%になっている。これが非現実的な数字であることを誰が否定するだろうか? 5年後、投資家はドイツ政府にいくらかの利子を払わなければならない。マットレスの下に置いておいた方が良いに決まっている。
マイナス金利はバブルだろうか? バブルであるとすれば、どういう意味でバブルだろうか?
先ず、日本の長期金利は既にマイナスになっているが、ファンダメンタルズで見れば、もしかすればこれは適正水準であるのかもしれない。というのは潜在成長率がそもそもマイナスかもしれないからである。労働人口が恒常的に減少してゆくなかでは、成長率がマイナスであったとしてもそれは普通のことなのである。
資産のバリュエーション
しかし、ファンダメンタルズ分析で適正水準であることは、バブルではないことを意味しない。バブルとはそういうものではない。ブラックマンデーがどのようにして起こったか、読者は覚えているだろうか?
むしろ、金利を適正水準に維持できないことこそがゼロに達した金利の、つまりは流動性の罠の問題点なのである。だから量的緩和で金利を抑えこむ必要に迫られている。
債券市場は、そして株式市場はバブルではないのだろうか? それを結論付けるためには、先ずマイナス金利が維持できるかどうかということ、そして相場の需給がどうなるかということを考える必要がある。グロス氏は需給についてこう述べている。
中央銀行と企業の両方が資産価格を持ち上げている。企業とはつまり自社株買いのことである。特にアメリカではそうだ。自社株買いは各社の判断であり、それは別に構わないが、しかし膨大な自社株買いが株式市場における重要な需要となっていることに議論の余地はない。
アメリカでは特に自社株買いが進んでいる。これはどういう構図かと言えば、企業も消費者と同じように資金を貯めこんでおり、しかも弱い需要を受けて設備投資を行う意志もないため、余った資金をとりあえずは自社株買いにつぎ込んでいるということである。
しかしアメリカが利上げをして債券の利回りが上がれば、企業は自社株買いをせずとも債券を保有すれば良いようになる。しかも利上げは景気を減速させるため、自社株買いで膨らんだ株式のバリュエーションはますます維持が難しくなる。グロス氏はこういう構図を指摘しているのである。
市場はいまだ中央銀行がバブルを弾けさせないまま維持できると信じている。ではそのバブルはいつ弾けるか? 現状でも大規模な緩和が当初期待されていたほどには実体経済を浮揚してきたとは言いがたいが、その状態が続き、インフレ率も2%に届かず、当局に可能な手段はすべて使い尽くされてしまったと市場が判断したとき、投資家たちは市場から資金を引き上げ、単に預金口座に保管するか、マットレスの下に保管するだろう。
これは既に始まっていることである。日銀はほとんど完全に市場から無視されている。以下の記事でまとめたように、日銀にはもう効果的な緩和方法がほとんど残されていないからである。
各市場のバブルについて言えば、世界中の中央銀行が永遠に流動性を供給するのでもない限り、株式市場のバブル崩壊は避けようがないだろう。
P/E(株価収益率)がバブルと言える水準まで高いわけではないと主張する人がいれば、それはあまりにナイーブな誤りである。企業の収益そのものが中央銀行によって供給された流動性で支えられている事実を見落としているからである。
2008年の金融危機でもそうだったが、金融バブルの崩壊が金融引き締めを引き起こし、結果として収益を悪化させるのである。だからP/Eが高くないということはバブルでないという理由にはならない。実体経済の動向が市場の認識(バリュエーション)に影響を与えるのみならず、市場の認識こそが実体経済に影響を与えるという、ジョージ・ソロス氏の再帰理論の基礎である。
では国債はどうか? 日本の場合はもしかすると日銀がすべての国債を買い上げてしまうかもしれない。日本の金融緩和は財政ファイナンスだからである。
しかしアメリカやヨーロッパがそういう選択肢を取らないのであれば、金利は上昇し(あるいは中央銀行によって支えられていた分の需要を穴埋めするために他の市場から資金が債券に流れ込み)、ポートフォリオ・リバランスの逆流を引き起こす。わたしの予想では米国債やドイツ国債などはハイパーインフレ並みの金利上昇にはならないだろうが、しかし中央銀行が流動性供給を止めるのであれば、歪みは市場の何処かの資産クラスには出なければならないのである。
それは株式になるか? ハイイールド債になるか? 社債まで波及するか? 結果が具体的にどうなるかを議論するのはまだ早い。投資家としては、先ずはアメリカが量的緩和に逆戻りするところまでのシナリオをきっちりとフォローしてゆこう。