ジョン・ポールソン氏はリーマンショックでサブプライムローンを空売りして巨額の利益を上げたことで有名なヘッジファンドマネージャーである。
そのポールソン氏が、アラン・エルカン氏によるインタビューで、第2次世界大戦以後基軸通貨で有り続けてきたドルの長期的な先行きについて語っている。
基軸通貨ドルは下落するのか
2021年にほとんどすべての著名ヘッジファンドマネージャーは、インフレが悪化するという見通しで一致していた。
そして彼ら及び筆者は2022年の利上げによる株価下落を予想し、それは現実のものとなった。
だが2023年、それらの予想を的中させた著名投資家たちは、株式市場の動向について見解を違えている。
- ジョージ・ソロス氏、米国株を大幅買い増し、株高を予想か
- ドラッケンミラー氏も米国株買い増し、Amazon.comは全株売却
- ガンドラック氏: 株価はまだ下落する、ハイテク株は30%暴落する
- 2023年の株価予想: 米国株と日本株の空売りを開始、ソフトランディングは有り得ない
だが2023年の相場においても彼らが意見を一致させていることが1つある。ドルの長期的下落である。
ポールソン氏のドル下落予想
恐らくドルの下落タイミングについて初めて言及したのは、スタンレー・ドラッケンミラー氏だろう。
そして彼の発言の通り、この記事から6ヶ月以内にドルは下落を始めた。ドル円のチャートは次のようになっている。
ポールソン氏は今回のインタビューでドルの下落について次のように語っている。
トレンドは脱ドルに向かっている。しかしドルは準備通貨としても貿易においてもいまだに非常に支配的だ。
ドルからの離脱はトレンドだが、まだ時間はかかる。アメリカは戦後経済においてそうだったほどにはもはや強力ではない。GDPの世界シェアは下がっている。
またアジア、特に中国が対抗勢力として台頭している。そして他国はこれまでドルへの依存から脱したいと願ってきた。
金融庁にそそのかされた多くの日本人投資家が米国株に向かっている今、世界の国々はドルからの離脱を考えている。
まさに世界大戦時、植民地政策というトレンドに遅れてやってきて、ヨーロッパの戦争でほとんど勝った試しのないドイツをパートナーに選んだ挙げ句、すべての戦争責任を押し付けられた日本人にふさわしい行動であり、日本人は沈む舟に遅れず乗り込むのが抜群に上手いと思う。
覇権国家は100年で没落する
日本人はアメリカが永遠に覇権国家で有り続けると思っているみたいだが、歴史を振り返れば覇権国家の寿命は100年程度である。これはレイ・ダリオ氏による大英帝国やオランダ海上帝国の研究で詳しく説明されている。
そして覇権国家は莫大な政府債務を積み上げ、紙幣印刷を行なった後に経済的に沈んで没落するというのがダリオ氏の指摘している歴史的事実だが、ポールソン氏も同じように言っている。
まず債務と赤字について彼は次のように言っている。
ドルからの離脱に貢献する別の大きな変化は、アメリカが他国に対して抱えている巨大な対外債務と貿易赤字だ。
これらの数字はかつてドルの強さに貢献していたが、今では累積の数字を考えても毎年の数字を考えてもドルにとって非常にネガティブだ。それは今すぐでなければ中期的あるいは長期的な、他の通貨に対するドルの減価に繋がるだろう。
アメリカはかつて世界最大の債権国だった。第2次世界大戦で本土にほとんど影響を受けなかったアメリカは、戦後のヨーロッパの復興を資金的に援助しさえした。
だが今ではアメリカは莫大な米国債を発行して中国などの裕福な国に買ってもらう立場にある。アフガニスタンでタリバンに負けたこともそうだが、アメリカの立場は目に見えて弱くなっている。
紙幣印刷でインフレという当たり前の帰結
また、ポールソン氏は紙幣印刷についても次のように言っている。
ドルの信用を疑わせた最後の要素は、これはドルだけではなく他の不換紙幣にも言えることだが、特にアメリカの中央銀行が経済を刺激するために行なった紙幣印刷の量だ。
経済成長のうちかなりの量が政府による財政支出によってもたらされている。そしてその財政支出のための資金は中央銀行が国債を買い上げることで賄われてきた。
だからFed(連邦準備制度)のバランスシートは、紙幣印刷を丁寧に言う場合の言葉であるところの量的緩和によって爆発的に増加し、それがインフレをもたらした。
正確に言えば、紙幣印刷と現金給付がインフレをもたらした。ウクライナ情勢はインフレとほぼ無関係であることは、もう説明の必要もないことと思うので以下の記事を参照してほしい。
だが現金をばら撒いて人々がそれを使い、インフレになるというのは当たり前のことである。可処分所得とインフレ率の相関関係を見ればそれがただの事実であることが分かるが、大手メディアは経済統計どころか原油価格チャートさえ見ずにインフレについて語っているので出鱈目を撒き散らしている。
だが経済学者ラリー・サマーズ氏らの説明通り、インフレをもたらしたのは現金給付、そしてそれを支援した量的緩和である。ポールソン氏は次のように続ける。
それで次のようになった。もしあなたがドルを持っていて、今年のインフレ率が9%になったわけだから、あなたは資産の9%を失ったのだ。そして金利はまったくそれを補ってくれるような水準ではない。
日本のインフレ率も4%になった(しかもインフレは加速している)のだから、日本人も預金の4%を失ったのである。
実は金利をまともな水準に上げれば、預金者はそれだけでインフレから身を守ることが出来る。政府の余計な介入がなければ(そもそもインフレも起こらないが)、インフレ率と同じ程度に金利も上昇し、預金者はインフレによる減価分を金利収入で取り戻せるからである。
だが政府がそれをやらずにインフレ政策に固執してきたことには理由がある。
紙幣の代わり
一方で、メディアを鵜呑みにせず自分で考える頭のある人は、政府や中央銀行のこういう振る舞いに眉をひそめている。
だが政府の引き起こしたインフレから身を守るために何が出来るだろうか? ポールソン氏は次のように答えている。
だから投資家や他国の中央銀行は準備通貨になってくれるような別のものを探している。その意味で、ゴールドにまた注目が集まっている。
「また」というのは、ゴールドはもう数千年の間、ドルや他の紙幣に代わる準備通貨であり続けているからだ。
だから中央銀行がドルをゴールドに替えるという需要が大幅に増えてきている。そしてこれはまだトレンドの始まりに過ぎない。
金相場の動向予想
ポールソン氏は次のように纏めている。
纏めると、わたしはこれらの理由で金価格は上昇し、ドルは下落すると考えている。だから資産価値を保ちたいのであれば、ゴールドを持つのが良いだろう。
だがこれは長期の話である。ゴールドについては短期的な話も筆者から補足しておこう。
まず、金価格(ドル建て)は現在次のように推移している。
2022年の相場では、金価格はアメリカの金融引き締めで下落した。
だがこれは2020年に現金給付によるインフレ期待で金価格が高騰した後の短期的な動きである。ポールソン氏は金融引き締めでアメリカ経済が景気後退に突入した後、アメリカは紙幣印刷を再開して金価格は天井を突き破ってゆくと前から予想していた。
インフレ率も下落を始め、その瞬間は近づいている。
緩和と引き締めにもまた短期的なサイクルがあるが、今は引き締めのサイクルの終盤である。だが長期的には政府と有権者は緩和への誘惑に抗うことができず、経済はドル紙幣にあふれ、ドルの価格は下落し、その資金はゴールドに流れてゆくことになるだろう。
この長期的視点については筆者が尊敬するすべての専門家の見解が一致している。他の人々の相場観も参考にしてもらいたい。