Credit Suisseの短期金利戦略グローバル責任者であるゾルタン・ポジャール氏がFinancial Timesの記事で、基軸通貨ドルの運命について語っている。
世界的な脱ドルの流れ
Bridgewaterのレイ・ダリオ氏と同じく、ポジャール氏は長らく新たな世界秩序について語ってきた。
ポジャール氏によれば、多くの国々がドルを手放そうと思っているという。彼は次のように述べている。
脱ドルの動きは新しい話ではない。それはリーマンショック後の量的緩和の開始によって既に始まっていた。経常黒字国は預金に対するマイナスの実質リターンという状況に嫌悪感を覚えていた。
インフレ主義者に毒されてインフレを愉しむ羽目になった多くの人々には分かりにくいかもしれないが、歴史的観点から見れば、量的緩和は通貨の寿命の末期に現れる現象である。大英帝国のポンドが没落したのも量的緩和によるものだったことを思い出したい。
現代を生きるわれわれにとっては、2008年に量的緩和を開始した後、2021年に物価が高騰するまで10年以上も何も問題が起こらなかったように見える。
だが10年など大した時間ではない。現代人が大英帝国を見るような目で後世の歴史家が今の状況を振り返れば、彼はこう書くだろう。リーマンショックを受けてアメリカは量的緩和を開始し、その後すぐにインフレによってドルは没落した。
以下の記事で説明したように、ドルはインフレが起こった時に下落するのではなく、インフレが終わった時に下落する。今まさにそれが始まろうとしている。
ウクライナ後の基軸通貨ドル
だがもう少し細かく見れば、量的緩和はドル没落の始まりに過ぎない。ポジャール氏はこう書いている。
だが最近になって脱ドルの動きは加速しているように見える。
何故か。西側のメディアだけを通して世界情勢を見ていれば分からないかもしれないが、ウクライナ後に多くの国がドルを見る目は変わった。
何故ならば、アメリカがロシアを罰するためにドルとその決済システムを武器として使ったからである。
ロシアは国際的な決済システムであるSWIFTから排除された。西側に預けられていたロシアの資金は凍結されるか没収された。一般のロシア人の資産さえも没収するこうした行為は、客観的に見れば単なる略奪なのだが、更に冷静に考えれば、西洋諸国の歴史はそもそもそういう行為で成り立っている。
だがそれだけではなく、アメリカはNATOの対ロシア戦争に関わりたくない中立の国々に対し、制裁をちらつかせながら対ロシア経済戦争の戦列に加わるよう脅し続けた。アメリカやその取り巻きにとっては、戦争に加わらないことが悪なのである。
一方で一定数の国はアメリカのこうした振る舞いから距離を置きたいと思っていた。特にハンガリーの態度は一貫していた。彼らは「最優先事項はこの戦争に巻き込まれないこと」であると最初から主張していた。
こうした状況の中、中国やインド、ブラジル、ハンガリーなどの国々がこう思ったのは明らかである。ドルを持っていれば、アメリカの政治的都合で資産が没収されたり凍結されたりする可能性がある。
これは資産を預かる側の信用としては致命的である。
ドルから逃避する国々
2014年におけるマイダン革命の頃から一貫してウクライナをけしかけ、対ロシア用の尖兵として使おうとし、今では実際使っているアメリカから距離を置きたいという勢力は、日本人が考えているよりも巨大である。
例えば世界のGDPランキングを5位まで並べると次のようになる。
- 1位: アメリカ
- 2位: 中国
- 3位: 日本
- 4位: ドイツ
- 5位: インド
特にインドの成長率は凄まじく、最近イギリスを抜いたが、いずれドイツを抜くだろう。もうずっと言っているが、ヨーロッパは既に落ち目であり、イタリアやポルトガルなどはもはや先進国とは呼べない。
こうしたヨーロッパの国々がいまだに国連を牛耳っているのもおかしな状況であり、今後はインドなどの発言力が増してゆくだろう。
また、中東も当然ながらアメリカに良い感情を抱いていない地域として注目すべきである。何故ならば、彼らは油田を持っているからである。
ポジャール氏は次のように述べている。
ここ1年間、中国とインドはロシアのコモディティ(訳注:エネルギー資源や農作物など)への支払いに人民元やインドルピー、アラブ首長国連邦のディルハムを使っている。
中東の国々もまた脱ドルの動きに加わっている。これらの国々がにポジャール氏が注目するのは、彼らが資源を輸出し利益を得ている経常黒字国だからである。
為替市場は短期的には金利に左右されるが、中長期的には経常黒字によって左右される。貿易によって得た外貨をどうするのか、自国通貨に両替するのか、あるいは別のものに両替するのかということが為替市場を動かす本質的な原動力だからである。
この観点で今の世界経済を見ると次のようになる。ポジャール氏はこう語っている。
中国やロシア、サウジアラビアの経常黒字は過去最高の水準だ。だがそうした黒字の資金の多くは米国債のような伝統的な準備通貨の形では保管されていない。
その代わりにゴールド(例えば中国の最近の購入)、コモディティ(例えばサウジアラビアの採掘権への投資計画)、あるいはトルコやエジプト、パキスタンのような支援を必要としている隣国を助ける地政学的投資などへの需要が高まっている。
中国は密かにゴールドを買い集めている。サウジアラビアも原油だけに頼る状況から脱しようと、国営採掘企業サウジアラムコの株式を売却したが、得た資金で買っているのはドルではない。
日本人の知らないところでドル以外の準備通貨を求める動きが加速している。
デジタル通貨が脱ドルを助ける
更にポジャール氏によれば、この動きを助けるのがデジタル通貨である。彼は次のように言っている。
中央銀行のデジタル通貨はこの変化を加速させるかもしれない。
中国は最近人民元を国際化する戦略を新たにした。経済制裁が西側の銀行の貸借対照表を通して行われたこと、そしてこれらの銀行がドルを中心とした中継銀行システムの背骨となっていることを考えれば、同じシステムを使って人民元を国際化することは中国にとってリスクがあるだろう。
これを避けるためには、新たなネットワークが必要となる。
そしてそのネットワークこそが暗号通貨の基盤となっているブロックチェーンである。
ロシアがSWIFTから排除されたとき、ロシア人は難しい状況に陥った。だが西側に支配されない国際的な決済システムが出来るとすればどうか? アメリカの行動に懸念を抱く国々にとって、ドルや西側の決済システムを使わなければならない理由が完全になくなる。
ポジャール氏は次のように付け加える。
世界中、特に東側と南側において、中央銀行のデジタル通貨はすぐに伸びるツタ植物のように広がっている。
結論
こうした動きは、例えば今後半年のドルの値動きに即座に影響を及ぼすものではない。
だが貿易でお金を儲けた国々がその利益をとりあえずドルにして保管し続けてきたことが1945年以来長らくドルを押し上げてきたのだとしたら、それがなくなることはこの巨大トレンドの転換、すなわちドルの長期的暴落を意味することになるだろう。
結局は大英帝国のポンドと同じことである。だから当時ポンドがどうなったかをもう一度確認しておくべきではないか。
また、投資においては西側の視点から抜けて物事を見ることが必須なのである。バイアスにとらわれて事実を見落とすことは投資家にとって命取りとなる。
優れた金融家に反西側に見える人々が多いのは偶然ではない。彼らは単に、西側から見れば反西側に見えるだけである。