債券王ビル・グロス氏の世界経済見通し: 成長率、インフレ率、米国利上げの予想

著名債券投資家のビル・グロス氏がバロンズ誌のインタビュー(原文英語)で世界経済の展望を語っている。多くのエコノミストが悲観的な世界経済の先行きだが、グロス氏の意見はどうだろうか?

グロス氏の投資戦略

先ずはグロス氏の現在のポジションの話から始めよう。債券王は現在どのような取引をしているのか? 量的緩和が株と債券の両方を既に押し上げてしまった市場では、買いで入るのは分が悪い。しかし空売りはタイミングを待たなければならない。株はさておき、債券の空売りのタイミングはまだ遠そうである。

ではどうするか? 読者には周知の通り、わたしも最近はもっぱらオプションの売りを多用してきたが、グロス氏も同意見のようである。彼は債券のオプションを売ることを薦めている。

中央銀行が何年も緩和をする状況下では、ほとんどの先進国において金利は狭いレンジを推移することになる。これはボラティリティを売って利益を得るチャンスだ。

ボラティリティを売るというのは、オプションを売るということである。ボラティリティが高い相場ではオプション価格が高くなり、オプションは時間経過とともに価格が下がってゆく金融商品であるから、売り手にとってはボラティリティが高ければ利益も高くなるということである。オプションについては入門記事を書いているので、そちらを参考にしてほしい。

グロス氏に話を戻そう。債券王は米国債のオプション売りを推奨する。

例えば現在、アメリカの10年物国債を買えば1.9%の金利を得ることになる。7年物のドイツ国債ならばゼロ金利だ。しかし、同じ10年物の米国債の金利が3ヶ月後に1.9%から0.2%以上変化しないと想定してオプションを売れば、リターンは年率で6%となる。これは1.9%よりも高い。

債券のオプションを売る場合、金利が一定の水準よりも上がらなければ(あるいは下がらなければ)利益が出るということになる。オプションの売りは変動しないことに賭けるトレードである。グロス氏はこう続ける。

この取引のリスクは、金利は3ヶ月の間に0.2%以上変動するかもしれないということだ。しかしわたしの想定では、中銀はあらゆる手段を使って金利の急激な変動を抑えこもうとするだろう。このようなボラティリティの売りの取引は、わたしのファンドのリターンの大半を占めている。

低金利、低成長の相場では、正攻法で金利や値上がりを狙うよりも、オプションを売った方が利益になる可能性が高い。わたしも米国株のオプションを売って利益を得たことは、先日報告した通りである。オプションの売り方に興味のある読者はそちらも参考にしてほしい。

世界経済はどうなるか?

次はグロス氏の予想する世界経済の展望である。世界経済はどうなるか? 多くのヘッジファンドマネージャーが悲観的な見方を表明しているが、いまや問題は減速するかどうかではなく、ハードランディングかソフトランディングかである。何故ならば、利上げを始めたアメリカ経済は、既に減速しているからである。

では減速の速度はどうなるのか? グロス氏は世界経済のソフトランディングを予想する。

わたしが想定しているのは景気後退ではなく緩慢な成長である。アメリカでは3%の経済成長は2%になるだろう。ユーロ圏では2%が1%になるだろう。日本ではゼロ以上であれば何でも歓迎といったところだろう。

日本への意見が手厳しいが、現実だろう。日本の低インフレ、低成長(つまりは需要減)は長期金利にも反映されており、執筆時点でアメリカの金利が1.75%、ドイツが0.15%、日本が-0.11%である。日本の長期金利が相対的に低いのは長年のことであり、量的緩和だけが理由ではない。しかし重要なのは、アメリカもドイツも日本化しつつあるということである。

金利正常化への道は遠く

アメリカの中央銀行であるFed(連邦準備制度)は、2015年12月に利上げを開始した。開始したばかりであるにもかかわらず、ヘッジファンドマネージャーらの間では、既に利下げへの逆戻りが噂されている。

わたしもアメリカ経済の減速を去年から予想してきた。以下は2015年12月の記事である。

何故それほどに金利正常化は遠いのか? グロス氏は構造的な経済の減速要因を説明する。

人口動態は世界経済の成長にとって構造的な問題である。先進国は老いてきている。日本はもっとも良い例だろう。イタリアもそうだ。ドイツも同様に高齢化の進んだ社会である。ベビーブーム世代が歳を取るにつれて、彼らの消費は減ってゆく。しかし資本主義は人口が永遠に増加してゆくことを前提としてしまっている。資本主義には顧客が必要なのだ。

また、低金利が続く理由として、グロス氏は金融緩和のもう一つの目的に言及する。

政府が望み、中央銀行が成し遂げようとしているのは、緩やかな経済成長のほかに、必要以上のインフレだ。インフレは積み上がった政府債務から脱出する手段なのだ。しかしこれは効いていない。ゼロ金利下では企業や預金者はリスクを取ることを馬鹿らしいと思ってしまう。刺激は効かず、経済は萎縮する。

要するに、量的緩和は財政ファイナンスであるということである。国債の金利を下げるのも、中央銀行に国債を持たせるのも、政府の債務負担を軽減するためなのである。

金利が上がって政府の債務負担が増加すれば、景気刺激が難しくなり、経済は萎縮する。しかしグロス氏によれば、低金利も経済を萎縮させる原因だという。この点については以下の記事で詳しく取り上げておいた。同じインタビューの別の箇所である。

米国利上げ見通し

米国利上げはどうなるだろうか? グロス氏はこう続ける。

ゼロ金利からの出口では、比較的長期的に見て少しの痛みを伴うだろう。自分たちの威信を気にしている政治家や中央銀行にとってはそれが問題なのだ。だが金利正常化は預金が機能し始めることを意味する。Fedはイールドカーブを正常化しようとしているが、利上げが速すぎてはいけないことを理解している。2015年12月の利上げはドル高と新興国市場の混乱を招いた。

利上げが政治的に難しいということは、一つの重要な観点である。利下げをするのは簡単だが、痛みを伴う政策は政治的に困難である。しかしそれでもグロス氏は利上げは行われるという。

株式市場が許す限り、Fedは利上げを行うだろう。Fedが2年から4年のうちに金利を正常化しなければ、アメリカ経済も世界経済も機能しない。今日では、正常な金利とは2%の政策金利と3.5%の長期金利、4.5%の住宅ローン金利のことだ。そうなれば経済への痛みを伴うだろうか? 当然そうなる。住宅価格は上昇を止め、もしかすると下落するかもしれない。Fedはゆっくりと動く必要がある。

利上げは緩やかな速度で行うべきだというのは、市場関係者の共通見解であるように思う。しかし面白いのは、ジョージ・ソロス氏が真逆のことを言っていたことである。彼はFedの利上げが遅すぎたために、アメリカは利上げの機会を失ったと主張していた。以下は以前取り上げたソロス氏の発言である。

彼らは1年遅かった。彼らが利上げを開始した時にはもう米国経済の減速は始まっていた。

グロス氏とソロス氏の違いは、まさに債券投資家とグローバル・マクロの投資家の違いである。グロス氏は金利、インフレ率、経済成長率といった観点から投資をする。一方でソロス氏はそれらのマクロ要因から市場がどう動くかを考える。

グロス氏は「株式市場が許す限り」Fedは利上げをすると言った。しかし株式市場はそのような贅沢を許さないだろう。政策金利が1%を超えれば株式市場は大混乱に陥るはずである。これはポートフォリオ・リバランスによって債券市場から株式市場へと流れていた資金が、債券に金利が戻ることで逆流を始めるためである。

しかし中央銀行はそのシナリオを出来るだけ回避(あるいは延期)しようとするだろう。だから利上げは失敗し、量的緩和に逆戻りするのである。ジム・ロジャーズ氏などはもっと過激なシナリオを予想している。

グロス氏のシナリオからロジャーズ氏のシナリオまで、実際の相場がその間の何処に着地するかを厳密に予想することは難しい。しかし投資家としてやることはあまりに単純である。どのシナリオにおいても金利は上がらないのだから、ドルは下落し、金価格は上昇することになるだろう。