12月21日に亡くなったGuggenheim Partnersのスコット・マイナード氏が日米シンポジウムで日銀のイールドカーブコントロールとその行く末について語っていたので紹介したい。
突如心臓発作で亡くなったマイナード氏のニュースは、今週まで日常的に彼の意見を読んでいた読者にも驚きだろう。
今回紹介するマイナード氏の相場観は、自社サイトで公開されていたGlobal CIO Outlookの投稿としては最後のものとなる。そしてそのテーマは債券の専門家にふさわしく、日本政府の莫大な負債だった。
莫大な政府債務は問題ないのか?
日本の負債について語ったマイナード氏のプレゼンテーションのタイトルは、「持続不可能なものは持続されない」だった。
マイナード氏はスライドの中で「日本の政府債務は別次元の水準だ」と述べ、日本と他国のGDP比政府債務の水準を比べている。
先進国の数値は、2021年から2022年のもので次のようになっている。
- 日本: 168%
- 米国: 100%
- ユーロ圏: 92%
- イギリス: 84%
しかし政府債務は何故問題なのか? 東京の中心に打ち立てられた巨大な便器は、単に1569億円も要したというだけでなく、誰も使い手がいないこの便器は今でも莫大な維持費という赤字を垂れ流し続けている。
何度も言うがこの便器はあなたの給与から自民党が盗んだ金で維持されているのである。
それでも問題がないのだろうか。無駄なものに大量のコンクリートと労働者の人生が浪費されたということを除けば、財務的には債務はゼロ金利が続いていた間は何の問題もなかった。何故ならば、借金も利払いがなければ一生借りていられるからである。
だが問題がある。低金利政策は長期的にはインフレを引き起こし、インフレが起これば低金利は続けられないということである。
マイナード氏は次のように述べている。
政府の利払い費用は下落傾向にあるが、金利が上がってGDP成長が弱まるにつれて再上昇するだろう。
インフレ政策が何の問題もなかったのはデフレで有り続けた間だけだというのは、あまりに皮肉な話ではないか。
ついに始まった日本の金利上昇
まず最初に2021年にアメリカがインフレになり、その後利上げを開始した。そして2022年にはついに日銀も利上げをしなければならなくなった。
2022年12月に行われた政策変更は0.25%の利上げに相当するが、アメリカはもう4%も金利を上げている。
だが利上げはアメリカよりも日本に弊害が大きい。何故ならば、政府債務が日本のほうが大きいからである。
政務債務がGDPの100%で、国債の金利が1%上がれば、政府の年間利払いは単純計算でGDPの1%分増える。
だが日本の政府債務はGDP比168%なので、金利が1%上がると利払いは1.68%増える。
それは政府が東京五輪や全国旅行支援のような政策が出来なくなるということなので、それはそれで良いことなのだが、実際には日本政府は増税によってその利払いを国民に転嫁しようとするだろう。(実際、岸田政権による増税が議論されている。)
「日本の政府債務は国内の貸し借りだから問題ない」という議論はまったく正しい。何故ならば、政府債務はこのように増税によって国民に転嫁されるから、国外から見れば何の問題もないのである。そう主張し続けてきた自民党を日本人はずっと支持してきたのだから、日本人はそういう状況を自ら望んでいるのだろう。
崖っぷちの日本の財政
マイナード氏は次のように述べている。
日銀は日本国債を買い支える限界に達しつつあるかもしれない。
日銀、ECB、イングランド銀行は発行済み国債の約半数を保有している。
ただ、保有残高自体は問題ではないかもしれない。筆者の見解では、実際には限界とはインフレが起こったということである。今日発表された日本のインフレ率は3.8%だ。欧米のような物価水準になる日も遠くない。そして日銀はいまだに低金利を続けている。
マイナード氏は日銀が国債を買い支えている今の状況は持続不可能だと言う。何故ならば次のことが順番に起きるからだという。
- 日銀は紙幣を印刷して日本国債を買い、金利目標を維持する
- 日本円の供給量が増え、円の価値が下落する
- 日銀は円を支えるために外貨準備を消費して円買いを行う
- 円の供給量が減り、日本国債の金利に上昇圧力がかかる
- 1に戻る
ここには様々な限界が見え隠れする。まず外貨準備は無限ではない。ドル円を短期的に数円操作するだけの為替介入ならまだしも、長期的にドル円の水準に影響を与えるような為替介入を継続的に行うことはできない。
また、インフレが起こってしまった現状、紙幣印刷を続ければ円安でインフレが悪化し、金利を上げてインフレを抑制しようと思えば今度は景気が沈み込む。
イールドカーブコントロールの今後
2022年12月に打たれた日銀の第一手目は長期金利の利上げだった。
長期金利に上限を設けていたイールドカーブコントロールは、少なくとも上限が0.25%上げられたわけだが、今後どうなるのか。マイナード氏はこの措置によって状況は次のように推移すると言っている。
- 日銀は新たな金利ターゲットを設定する
- 日銀の保有する国債の価値が下がる
- 市場は新たな金利上限に挑戦する
- 日銀は国債買い入れで市場を安定化しようとする
- 円の供給量が増えインフレが悪化する
この状況はどういう形で解決されるのか。マイナード氏は3つのシナリオを挙げている。
選択肢1: 日銀が金利の上限を撤廃する
そもそも長期金利を抑えておくことを諦めるほかないというのが第一のシナリオである。その場合、次のことが起こるとマイナード氏は言っている。
- 日本国債の金利が上がる
- 金融市場が不安定化する
- 日銀はマネーサプライを減らすために日本国債の保有を減らそうとし、金利に更なる上昇圧力がかかる
2023年に大不況が起こると想定されているアメリカと同じシナリオである。
また、イールドカーブコントロールが持続不可能であることは経済学者ラリー・サマーズ氏が7月に予想していた。
選択肢2: 日銀の債務が資産(日本国債)を上回り債務超過に陥る
また、マイナード氏は日銀の債務超過を心配している。利上げ局面で中央銀行にとって困難なのは、短期金利を上げると債務超過に陥りかねないことである。
中央銀行の資産と負債が何かということを読者は知っているだろうか。資産は主に買い入れた国債であり、負債は主に市中銀行などが中央銀行に預けている預金である。中央銀行から見ればこれは預かっているお金なので負債にあたる。
そして負債には金利を払わなければならない。つまり中央銀行は保有する国債の金利を受け取りながら、預かっている預金に対しては金利を払っている。つまり長期金利を受け取りながら短期金利を支払っているのである。
だからアメリカのように利上げによって短期金利が長期金利を上回るような状況では、受け取る金利よりも支払う金利が大きくなる危険がある。
それで日銀が債務超過に陥れば政府はどうするか? マイナード氏は次のように説明している。
- 日銀は政府に救済を求める
- 政府は増税で資金を集めようとし、経済活動に下方圧力がかかる
- 政府は国債を発行し、日本国債の価格に更なる下方圧力がかかる
日銀の負債であろうが政府の負債であろうが要するに国民が支払うということである。
現状では、日銀は長期金利しか上げていないが、その大きな理由は債務超過懸念にあるだろう。だが短期金利をマイナスに保ったままでインフレは抑制できるのか?
選択肢3: 日銀がリバースレポを行う
最後の選択肢はリバースレポの設定で短期金利まで利上げする場合である。
リバースレポとは簡単に言えば日銀が保有する国債を市場参加者が短期的に現金と交換する取引で、一時的とはいえ現金を市場から吸い上げるので引き締め効果を生む。
だがこのシナリオは本当に日銀の債務超過を誘発しかねない。マイナード氏はその結末を次のように説明している。
- リバースレポ金利がマネーマーケットの金利を上昇させ、経済活動に下方圧力がかかる
- 日本国債の金利よりも高いレポの金利は日銀の資本を更に減らしてゆく
結論
マイナード氏の最後のGlobal CIO Outlookは、債券の専門家にふさわしい厳密な議論だった。テーマが日本の政府債務だったことも日本の読者には趣深いだろう。彼は次のように述べている。
日銀が政策変更に動き、日本の財政状況は厳しいが、これは他の先進国にとっても例外ではない。むしろ非常に緩和的な金融政策を取る他の国にとっての教訓的な前例となり、またこれから起こるべきことの前触れとなるだろう。
この言葉はマイナード氏の遺訓と取っても良いのではないか。
上記のマイナード氏の議論をもっと簡単に言えば、円安とインフレを止めるには金利を上昇させるしかないが、金利を上昇させると資産価格と経済が死ぬということである。レイ・ダリオ氏が言っていたではないか。
インフレもそうだが、著名投資家が事前に警告していたことに、人々はすべてが手遅れになってから気付き始める。そして彼らの正しい意見に耳を貸す者はほとんどいない。
だが結局日銀も利上げをしなければならなくなった。「貯蓄から投資へ」の掛け声で国民をリスク資産に誘導しておきながら、金利上昇によってリスク資産を殺すのだから、岸田首相の詐欺の手腕は褒められてよい。
自民党を信じる者は常にふさわしい結果を手にする。いつもながらおめでたいことである。