南海泡沫事件: バブル経済の語源となった近世イギリスの株式バブルを振り返る

日本の個人投資家で南海泡沫事件を知っている人はどれくらい居るだろうか。金融関係者には常識だが、個人投資家の間ではどうだろう。名前くらいは聞いたことがあるかもしれないが、それがどのような金融バブルであったかを把握している人はあまりいないのではないか。

そこで今回の記事では、この歴史的な株式バブルとその崩壊について、順を追って説明してみたい。南海泡沫事件の面白いところは、同じ種類のバブルが形を変えて実際に現代でも繰り返されているということである。

南海会社と南海泡沫事件

南海泡沫事件とは、1720年のイギリスで起こった南海会社の株式に関するバブルの崩壊のことである。

1719年に100ポンド程度で取引されていた南海会社の株式は、1720年半ばには1,050ポンドまで高騰したが、同年中にバブルは弾け、1721年には元々の100ポンドを下回る株価にまで暴落した。先ずはこの南海会社について話をしよう。

南海会社

南海会社は、1711年にイギリスの政府債務を肩代わりする目的で設立された会社である。いわば、アベノミクス以後の日銀のようなものである。

1700年代初頭、イギリスはスペイン継承戦争などの戦費のために財政難にあった。自前で資金を調達することが出来なくなったイギリス政府は、ある企業に市場を独占する権利を付与する代わりに、その企業に政府債務を引き受けさせるという策を思い付いた。

このアイディアで先ず設立されたのがイングランド銀行である。当時の社会では中央銀行というものはなく、それぞれの銀行がそれぞれ銀行券を発行し、預金や貸付、為替などの業務を行っていた。イングランド銀行はこうしたビジネスを独占する権利を得る代わりに政府債務を肩代わりする目的で1694年に設立されたのである。

しかしこれでも財政が改善しなかったイギリス政府は次の手段を考えた。銀行業務を独占させる権利はもう使ってしまったから、次は南アメリカとの貿易を独占させる権利を与えようと考えたわけである。こうして1711年に設立されたのが南海会社である。

南海会社による政府債務の引き受け

いわゆる新大陸との貿易を独占した南海会社の展望は輝かしいものと一般的には思われていたが、当時、南アメリカはスペインに支配されており、そしてイギリスとスペインは戦争をしていた。そのため一般の評判にもかかわらず、南海会社の南アメリカ貿易は思うように進まず、南海会社の業績は沈んでゆくばかりであった。

そこで政府と南海会社は別の手段を考えた。それは国債を南海会社の株式に転換するというものである。国債を保有している投資家に対し、国債を南海会社の株式と交換することが提案された。これは国債保有者が国債を諦める代わりに南海会社の株式を保有し、交換で国債を得た南海会社は政府から5%の利払いを受ける、というものである。

この提案は国債保有者に歓迎された。当時、イギリス政府が戦費を調達できなかったことから明らかであるように、イギリス政府には財政上の信用がなかった。返ってくるかどうかも分からない国債が、将来が明るいと一般には思われ、値上がりが期待されていた半国営企業の株式に転換されるわけである。

しかも国債の利息の代わりに配当も行われる。実際には南海会社の南アメリカ貿易は上手く行ってなどいなかったのだが、インターネットもない時代にイギリス国民が南アメリカ貿易の実情を詳しく知ることなど出来なかったのである。

増資による錬金術

しかも上記の条件はある種の錬金術を産んだ。考えてみてもらいたいのだが、100ポンドの国債を100ポンドの南海会社株と交換したとしよう。いまやこの国債保有者は南海会社の株主であり、その南海会社には政府から5%の利払いが支払われる。これを便宜上5%の配当があると置き換えて考えてみよう。

実体はどうあれ、この南海会社株は輝かしい将来が巷では期待されているグロース株である。実際、南海会社の株は100ポンドから上がり始めていた。例えば、この株価が200ポンドまで上がったところで南海会社が新たに株式を発行し、国債と交換しようと試みればどうなるか。

新たに発行される株数は、現在の発行済株式数と同じだとしよう。つまり、株数が倍になるのである。そして今や、株価は200ポンドである。これまでは1株で100ポンド分の国債としか交換出来ていなかったものが、今ではその倍の量の国債と交換することが出来る。

つまりは、1株に対して株式がもう1株発行される一方で、南海会社の保有国債は100ポンドから200ポンド追加され300ポンドになる。したがって、1株当たりの国債保有額は150ポンドということになり、この国債に対する利払い5%は7.5ポンドである。

そうなれば最初に100ポンドで株を買った株主はどうなるか? 彼はこれまで投資額に対し5%の配当を得ていたが、これからは何もしていないのに投資額の7.5%の配当を受け取るようになる。株価が上がり、増資が行われるごとに配当の絶対額が増えるのである。

南海会社株はバブルへ

こうして南海会社株は、グロース株でありながら、保有しているうちに配当が増えてゆく株式という夢のポジションを手に入れた。元々100ポンド近かった株価は200ポンド、300ポンドと数ヶ月のうちに値を上げていった。

しかし、上記の錬金術は永遠に続けられるものではない。何故ならば、最初の株主の配当が増えるのは、実際には、後から来て南海会社株の高値を掴んだ株主の権利が、先に居た株主に移転されているからで、これは一種のねずみ講なのである。これは株価が上がれば上がるほど新規に参入する株主にとっての旨味が減ることを意味しており、何処で天井を打つことは明らかであった。

実際には南海会社の株価は半年のうちに1050ポンドまで上昇し、その後半年ほどで元々の価格である100ポンド程度の水準まで暴落していった。上記の錬金術がねずみ講であったことに加えて、南アメリカ貿易は一向に進展する気配を見せていなかったからである。

こうして南海会社の株式バブルは崩壊した。しかもバブルの影響は株式市場全体に及んだ。南海会社の株価が高騰していたことから、当時のイギリスでは同じような実体のない株式会社が乱立しており、これらの株価も同時に暴落したからである。これら実体のない会社は泡沫会社と呼ばれ、後にバブル経済の語源となることになる。

歴史は繰り返す

ここまで読んで、以前からのここの読者であれば気付くことがあるのではないかと思う。上記の錬金術の構造は、ジョージ・ソロス氏が著書『ソロスの錬金術』で説明していたREITバブルの構造と同じなのである。ソロス氏のREITバブルに関する理論については以下の記事で説明しているが、南海泡沫事件と同じ種類のバブルであることがすぐに読み取れることだろう。

ということで、1720年の古典的なバブルであった南海泡沫事件から、金融市場は何も学ぶことなく、同じことを現代の相場においても続けているということである。歴史は繰り返すのである。


新版 ソロスの錬金術