今回の記事では20世紀最大の経済学者、フリードリヒ・フォン・ハイエク氏の『貨幣発行自由化論』より、いわゆるコストプッシュインフレについて書かれた箇所を紹介したい。
この本は何度読んでも2022年のために書かれた本にしか見えない。
インフレの原因は何か
2022年は世界的に物価高騰が話題になっている年となっているが、その原因は何だろうか。
世の中では一部の人が、原材料価格の高騰を原因に挙げている。金融についてまったく何も知らない日銀の黒田総裁が好例である。彼らによれば、原材料価格の高騰は政府の政策とは何の関係もないので、財政出動や金融緩和を続けても良いということらしい。
こうした主張は100年近くケインズ経済学によって下支えされてきたが、ケインズ氏の存命時に彼に対して常に批判を加え続けたハイエク氏は別の意見を持っている。彼は次のように述べている。
インフレが長引くと、物価の継続的上昇は政策の誤りではなく原価の上昇が原因であると主張することによって、政府の無罪を立証しようとする見方がいつも現れるが、こうした見方に注意を払う価値はない。
このような主張に対しては、厳密に言えばコストプッシュインフレなるものなど存在しないということを断固として言うほかないだろう。
はっきり言っておきたいのだが、コストプッシュインフレという主張は、そもそも何故原材料価格が上がったのかという一番重要な論点を完全に避けなければ成立しえない。
「コストプッシュインフレ」などと言っている人にそれを聞いてみると良い。彼らは答えられないだろう。何故ならば、原材料価格の上昇理由を知らない人間だけがそういう架空の概念を持ち出せるからである。
原材料価格上昇の理由
原材料価格は何故上がったのか。2022年の例で考えてみたい。まず間違いなく言えるのは、ロシアのウクライナ侵攻ではないということだ。
原油価格は上昇してきた。だがいまだにインフレの原因にウクライナ情勢を持ち出す人は、原油価格がいつから上昇してきたのかを知らない。原油価格のチャートを掲載しよう。
原油価格の上昇は2020年には既に始まっており、2021年にはコロナ前の水準を上回っている。2022年2月末のウクライナ侵攻直前の水準は90ドル前後であり、今の原油価格は77ドルである。
筆者の言いたいことは書くまでもないだろう。原油価格の上昇はウクライナ情勢の大分前から始まったものであり、しかも現在の価格はウクライナ情勢前よりも低い。今の原油価格を「高い」とする一方でその原因をウクライナ情勢に求めるのは論理的に無理である。
金融系のメディアがウクライナ情勢でインフレと言っているのを見る度に、彼らは原油価格チャートさえ見ずにインフレについて記事を書いているのかと呆れてしまう。彼らはもう少しまともに仕事をするべきではないか。
実際には原油価格はその前から上がっていた。しかもロシアからの原油の輸入停止という経済制裁は実際には転売により迂回されており、原油価格に長期的な影響をもたらさなかったという因果関係にも触れておくべきだろう。
原油だけではないインフレ
更に言えば、こうしたインフレは原油価格だけの話ではない。2020年からエネルギー資源や金属、農作物などのコモディティの価格はほとんどすべて上がっている。
筆者がここで一番最初にインフレについて取り上げた記事が、2020年10月のものであることを思い出したい。
この記事にはこう書いておいた。
米国政府と日本政府による現金給付が日用品の価格を上げ始めている。株式市場のバブルが金相場だけにとどまらず、普段人々が使うような品物の価格までも上げ始めているということである。
最大の問題はバブルが日用品に波及してインフレになっても人々は困窮し、バブルが崩壊して株式と日用品の価格が暴落しても人々は困窮するということである。行くも地獄、帰るも地獄ということになる。
完全に2022年の状況ではないか。これこそがウクライナ情勢とは何の関係もない物価高騰の本当の姿である。
ハイエク氏は次のように書いている。
それが上昇する賃金であれ原油価格であれ輸入品全般であれ、消費者が余分に多くの資金を与えられたりしない限り、それが物価全体を押し上げることはない。
原材料価格が上がったならば、上がった理由があるはずである。それが2020年と2021年に大きく上がったならば、その原因はその年にあるはずである。
その年に行われたのは現金給付である。それは世界各国の政府によって行われた。それはまず金融市場に流れ込み、株価を押し上げると同時に原油や天然ガスや大豆や小麦や金や銀や銅などの価格を押し上げた。
ばら撒かれた紙幣を人々は使った。ただそれだけの話である。だがインフレは始まってしまえば自己強化的に悪化してゆく。人は物価がどんどん上がっていることを理由により多くのものを買い込もうとするからである。それを止めるためには、引き締め政策で経済を犠牲にしてでも消費を抑え込むほかない。
結論
ということで、現在のインフレがコストプッシュインフレであるなどという主張は、そもそも何故原材料価格が上がったかを考慮していない馬鹿げた主張である。
まるで原材料価格が自然に上がったとでも言わんばかりのこの主張は、要するに「インフレの根本原因を無視すればインフレに原因はない」と言っているに等しい。
だが実際にはそれを引き起こしたのは馬鹿げた規模の現金給付と財政出動を行なった世界中の政府と、それを支持した有権者である。
日銀の黒田氏は明らかにその片棒を担いだ張本人であるにもかかわらず、経済学的に完全に間違った主張をして、しかもクビにならないのだから、素晴らしい身分ではないか。
日銀が経済について何も知らないということ、そして金融庁が資産運用について何も知らないということ、その馬鹿げた状況のツケを払うのは日本国民である。自分で選んだ政府なのだから、自分で責任を取るほかないだろう。
だが驚くべきは、ハイエク氏の『貨幣発行自由化論』が1976年に書かれたということではないか。ここに書かれていることはほとんどそのまま2022年の状況に当てはまっている。天才の言うことは永遠に価値を持ち続けるのである。
貨幣発行自由化論