世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が、LinkedInのブログで習近平氏率いる中国政府の新体制についてコメントしているので紹介したい。どうも中国経済にとって良くない状況であることを認めざるを得ないような内容になっている。
中国の長期的展望と短期的バブル崩壊
ダリオ氏は長らく中国経済に強気だった。中国はいずれアメリカより大きくなるという長期的展望は、恐らく今も変えていないだろう。
長期的展望については今はコメントしない。だが投資家にとっては中国経済が20年後ではなく来年どうなるのかということが重要になっている。不動産危機は中国経済の根本を揺るがし、習近平氏は自分で自国経済を壊すような政策をやっている。
中国の新体制
この状況をダリオ氏はどう見ているだろうか。
ダリオ氏の中国との付き合いは38年に及ぶらしい。中国の政治家にも個人的な知り合いが居て、習近平氏の時代が始まった時にも誰がどのようなことをしようとしているのかが分かったという。
彼は次のように述べている。
習氏の政権が最初に始まったとき、彼のもとで経済を運営している人々のほとんどをわたしは個人的に知っていた。だから彼らがどういう人物か、彼らが何をしたいかが分かっていた。
わたしは長年彼らの思考、人格、実績、そして彼らが中国を何処に導こうとしているかということを尊敬してきた。彼らは改革派のグローバリストで、1978年に鄧小平が始めた市場改革と市場開放を習主席の考えのもとで続けてきた。
西洋の論客はみな鄧小平が大好きである。彼は「白猫であれ黒猫であれネズミを捕るのが良い猫である」の考えのもと、イデオロギーに囚われずに市場改革を進めた。事実、現在中国経済がここまで大きくなったのは彼の時代の改革が大きい。
ダリオ氏の意見によれば、習近平氏は就任当初はこの路線を踏襲していたらしい。中国に足を運んだことのある人間ならば分かるが、ここ10年ほどの中国の経済発展はめざましく、高速鉄道の敷設など(良くも悪くも)バブル期の日本を見ているようであり、それを30年以上前に実権を握っていた鄧小平氏の改革のためとするのは難しい。それは確かに習氏の成果である。
だがダリオ氏の次の発言から雲行きが怪しくなる。
最近発表された中国政府の新体制では、わたしの知っている改革派のグローバリストはほとんどが排除された。
新体制の内容
ダリオ氏は具体的に個別の名前に触れている。まずは習近平氏の派閥の外に居た人々についてダリオ氏はこう述べている。
李克強首相と汪洋副首相は、2人とも67才で常務委員や共青団員に再任されうる年齢だったにもかかわらず、中央委員会から排除された。
将来の首相候補か、もしかしたら国家主席候補だったかもしれない胡春華副首相は、59歳で同じく共青団員だったが、中央政治局の上位24名に入れなかった。
特に李克強氏は経済通で知られていた。彼が排除されたことは今回の人事のサプライズの1つでもある。そして中国経済にとっては悪いニュースである。
更に、党大会の最中に腕を掴まれながら途中退席を強いられてニュースになった前国家主席の胡錦濤氏についてもダリオ氏は触れている。
共青団の重鎮であり、習氏の前任者で党大会から不意に連れ出された胡錦濤氏もまた排除された。
派閥内の変化
特に李克強氏のような経済寄りの政治家が排除されたことは重要なポイントなのだが、彼らは習近平氏の派閥の外の人間であり、その意味で言えばそれほどのサプライズでもない。
しかしダリオ氏によれば新体制に見られる変化はそれだけではないという。彼は次のように続けている。
習氏に近かった改革派のグローバリストもまた排除されている。
劉鶴氏(副首相、中央財政委員会弁公室主任)、易綱氏(中央銀行総裁)、劉昆氏(財務大臣)、郭樹清氏(中国銀行保険監督管理委員会主任)は中央委員会から外されたので彼らも排除されていることになる。
習近平主席は単に対抗勢力を排除しているのではなく、改革派のグローバリストそのものを排除し、自分に忠実な保守派の国粋主義者で置き換えているようだ。
どうやら習氏は派閥にかかわらず経済寄りの政治家をほとんど排除したようだ。
これは習氏の最近の自滅政策、例えば執拗なゼロコロナ政策によるロックダウン、学習塾やIT業界に対する締め付けなどの政策とも符合している。
ダリオ氏は例えば中国で今なお行われ、経済に深刻なダメージを与えているロックダウンについて次のように述べている。
中国には多くの高齢者がいて、彼らはワクチンを打っていないし、打つことを拒否している。
コロナによる死者は少なく、彼らはコロナよりもワクチンの方が害が大きいことを心配している。
また、中国では病院などの医療システムに多くの人を処置する能力がないということもわたしは聞かされた。
だからロックダウンは仕方がないと言いたいのかもしれないが、それはどうだろう? 筆者には習氏の目的は、経済力を背景にしている市場経済寄りの政敵を中国経済ごと葬ろうとすることのように見える。
ジョージ・ソロス氏は次のように述べていた。
中国内部の対立は非常に激しく、それは共産党の出版物の中の様々な表現にも表れている。
習近平は鄧小平の理念に賛同し、民間企業により大きな役割を与えようとしている政治家から攻撃されている。
恐らくは自分の派閥内の経済寄りの政治家からも、習氏の政策は無茶苦茶だと言われたのではないか。それで対立勢力だけでなく、自分の派閥内の経済に詳しい人材まで排除せざるを得なくなった。
経済をまともに理解している人材ならばこんな政権の中で働きたくはないだろう。中国政府がそういう状態だとしたら、今後10年ほどの中国経済の運命はかなり酷いものになりそうな気がする。
結論
ダリオ氏はこうした中国の新体制について次のように言っている。
今のところ、習氏がこれまでの10年間で目指してきた政策からの180度の転換というよりは、45度の転換に近いように見える。
それは、どうだろうか? 筆者は国際政治においてはアヘン戦争以来100年以上西側に食い物にされ続けてきた中国に同情的だが、最近の習氏の経済政策は端的に言って酷いもので、新体制はそれを加速しているように見える。
ジョージ・ソロス氏は中国とロシアに対する政治的敵意を隠していないが、それを冷静な状況分析と分けられる点が流石である。筆者にはどうも彼の中国分析の方に分があるように見える。
さて、ダリオ氏の中国分析は妥当だろうか。ダリオ氏は今年、ETFを通した中国への投資を減少させている。だが中国に不利な状況が端々から感じられるブログ投稿であり、今回の投稿は彼の方向修正の始まりに過ぎないのかもしれない。