サマーズ氏: アメリカは中国に高説を垂れるべきではない

引き続きアメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏のBloombergによるインタビューである。

前回のロシアに続いて今回は中国をテーマに語っている部分を取り上げたい。

米中対立

国際政治の世界ではロシアとNATO諸国だけでなく、アメリカと中国も対立している。誰も本気に取らなかったレイ・ダリオ氏の去年からの予想が見事に当たってしまった2022年となっている。

中国との対立が露わになったのは、特に与党民主党に所属する下院議長であるナンシー・ペロシ氏が、下院議長の身分で台湾を訪問した時だろう。その後台湾は軍事演習を名目とした中国の軍隊に何日も囲まれ続けたが、ペロシ氏自身は気にせずさっさとアメリカに帰っていった。

この行動の目的は、その後の中間選挙で下院議長の席を失うことが確実視されていた高齢のペロシ氏が、その席を失う前に自分の政治キャリアに「下院議長が台湾を訪問した」という遺産を付け加えるためだったと言われる。そのために台湾は中国軍に囲まれ続けたわけである。

サマーズ氏の政治観

そうした与党民主党の振る舞いを、クリントン政権の財務長官を務め、オバマ政権にも協力した民主党支持者のサマーズ氏はどう見ているか。

彼は次のように述べている。

われわれアメリカ人は恐らく、他国に説法してまわる自分たちの姿勢について注意する必要がある。

中国が自国全体をどう統治するかについてアメリカ人が彼らに指図することは、あまりアメリカのためになるとは思えない。

安全保障における根本的な利害関係や公平な経済競争を目指して立ち上がるのは良いだろう。だがそれだけにしておくべきだ。台湾に関する外交方針については本当に注意した方が良い。

ペロシ氏の振る舞いに代表されるアメリカ民主党の対中政策は一体誰の役に立ったのか。

台湾は中国軍に囲まれ、中国は怒り狂い、日本は台湾有事に備えなければならなくなり、アメリカには何の得もない。それがアメリカ民主党の対中政策である。一体これが誰のためなのか誰か教えてほしい。

台湾と中国

民主党支持者であるサマーズ氏でさえもそう考えているようだが、彼は特に台湾に関してアメリカが口を挟むことに反対する。台湾を中国と不可分とみなす「1つの中国」政策について彼は次のように言っている。

「1つの中国」政策をアメリカが変えようとしているという印象を中国に与えることには非常に慎重になるべきだ。そうでなければ破滅的な対立を引き起こす可能性がある。

何故サマーズ氏はそう言うのか。それを考えるには、中国人から見た台湾問題とはどういうものかを考える必要がある。

だが多くの日本人にはこれがなかなか見えない。前回の記事で触れたウクライナ情勢の歴史的経緯も含め、日本人には本当に歴史の勉強が必要だと言わざるを得ないのだが、そもそも何故台湾は中国と分かれているのか。

100年前の中国

19世紀から20世紀は中国にとって屈辱の歴史である。

1840年のアヘン戦争の時点で既に、中国は西側諸国になぶりものにされていた。イギリス人は中国人に阿片を広め、彼らを阿片中毒にして更なる阿片を求めさせた。

当時の清政府は阿片を禁止していたが、イギリス人が役人を買収して販売を続けたため、多くの中国人が薬物中毒になっただけではなく、中国の貿易収支は悪化し、中国からは大量の銀が流出した。

中国人を阿片中毒にすればするほど銀が手に入るのだから、イギリス人にとってこれほど美味しい状況はない。これに堪忍袋の緒が切れた清政府は阿片の密輸を進めるイギリス人を追い出すため実力行使に出たが、既に国力が衰えていた清はイギリスに大敗、中国は阿片を売りつけられただけでなく、賠償金を支払う羽目になった。ちなみに香港はこの時にイギリスに割譲された屈辱の証である。

その後、中国を金のなる木と認識した西側諸国は次々に不平等条約を結び、中国の内政に干渉してゆく。不平等条約の1つである1901年の北京議定書には、イギリス、ロシア、フランス、アメリカ、ドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国、イタリア、そして日本が署名している。どれだけ多くの国が中国にたかっていたかである。

国力の衰えた国は容易に他国の介入を許してしまう。そして他国の良いように操られる。今のウクライナが良い例である。

そして当時の格好の的は中国だった。

国民党と共産党

台湾の起源は1919年に孫文が設立した中国国民党である。

中国国民党は1937年の日中戦争開始あたりまでは実権を握っていた。対抗勢力であった中国共産党は、戦争が終わるまで対立を控えていた。

だがその結果、日本軍に対抗しなければならなかったのは国民党であり、共産党は体力を温存することができた。1945年に戦争が終わると、共産党は国民党への攻撃を開始、蒋介石率いる国民党は台湾島へと逃れなければならなくなる。これを国共内戦と呼ぶのだが、大半の日本人はこの言葉さえ知らないのではないか。

問題は、国共内戦が単に国内の揉め事ではなく、アヘン戦争以来他国の介入を受け続けた結果だということである。国民党はアメリカの支援を受け、共産党はソ連の支援を受けていた。

国民党の敗北はアメリカの支援が打ち切られた後に起きている。要するに国民党の状況は今のウクライナの状況に近い。

中国から見た欧米諸国

これはアメリカにもソ連にも(そして当然日本にも)言えることだが、彼らの介入がなければ20世紀の中国はまったく違った姿になっていただろうし、中国人が異なる国に支援された異なる派閥に分かれて互いに殺し合うこともなかっただろうということである。

そしてその戦略は欧米の常套手段である。戦国時代に日本人にキリスト教を教え込み、キリシタンたちに他の日本人に対して武装蜂起させたこと、朝鮮半島を2つに割って片方を支援し、互いに対立させていること、ベトナムでも同じことをし敗北したこと、アフガニスタンで「親米的アフガン政府」なる存在するはずがないものを何年も存在させ続けたこと、そしてウクライナ人をロシアに対する武器として使い続けていること。すべて同じであり、彼らは400年前から何も変わっていない。

結論

中国人にとって過去100年とは他国に愚弄され続けた歴史である。その目から見て、アメリカがいまだ台湾に対してどうこうしようとしていることはどのように見えるか。

西側のバイアスを外して見れば分かるはずである。アメリカが倫理について説く姿が盛大なジョークに見えなければ、あなたの目は曇っている。

筆者は個人的には中国と台湾が双方合意できる条件で双方望んで統合するのが良いと考えている。朝鮮半島についても同じ意見である。欧米の利害以外に、彼らが引き裂かれなければならなかった理由はない。ロシアとウクライナについても同じことが言える。

だがそうならないように対立を煽るペロシ氏のような戦争屋と、それを支持する愚かな有権者が居る限りそれは難しいだろう。

いずれにせよ、サマーズ氏はアメリカのこうした姿勢を終わらせるべきだと主張している。そしてアメリカ人は自国の問題に集中すべきだとしている。最後に彼の言葉を引用してこの記事の締めとしたい。

われわれの言葉は、中国人を尊重し、彼らの立場と彼らの抱える根本的利害を尊重する言葉である必要がある。そして同時に自分たちの利害に対しても絶対に死守することだ。

中国との広範な競争の果てに、最終的にアメリカは繁栄すると思う。だがアメリカが繁栄するとすれば、それは自分自身が他国の羨むような国になることによってだ。

最後にアメリカの成功を決めるのは、アメリカが世界の羨む国で有り続けられるのか、人々がこぞって来たくなるような国で有り続けられるのかということだ。

だがアメリカ人が目標を自国の改善から中国を引きずり落とすことに変えるならば、非常に危険で非常に残念な選択となるだろう。