クレディ・スイスの短期金利戦略のグローバル責任者であるゾルタン・ポジャール氏がBloombergのポッドキャストで、世界中の国々がイールドカーブコントロールを採用すること予想している。
インフレは長期トレンドか
アメリカで行われた莫大な現金給付が発端で起こった世界的な物価高騰を受け、世界中の投資家がアメリカのインフレがいつ収まるのかに注目している。
一般に報じられていることとは違い、インフレは2020年に始まり、2021年には既にかなりのインフレになっていた。
そしてFed(連邦準備制度)は今年、インフレが手遅れになってから物価抑制のための金融引き締めを始めた。
その金融引き締めから半年以上が経ち、原油などを含むコモディティ価格は下落している。以下は原油価格のチャートである。
2020年からのコモディティ価格の上昇が2022年のインフレをもたらしたように、原油などの価格下落は時間差でデフレをもたらすはずである。
したがってここまで怒涛の勢いで続いてきた利上げもそろそろ落ち着くのではないかという見方が金融市場に出ている。
ポジャール氏の見るインフレ要因
だがトレーダーではなくアナリストであるポジャール氏の見つめる先はあくまで長期のインフレである。そしてポジャール氏は、インフレの原因として財政支出よりもウクライナ情勢によって生じた脱グローバル化を重視している。
ロシアによるウクライナ侵攻後、日本を含む西側諸国はロシアからエネルギー資源を買わないと決めた。
だがロシアは気にせず中国やインドやブラジルやハンガリーなど、NATOの対ロシア戦争に参加したくない国々に原油などを売っている。
結果としてどうなったか? ロシアは問題なくエネルギーを販売できている一方で、西側諸国はインフレを食らっている。自分で自分のエネルギー調達元を制限したのだから当たり前である。
ポジャール氏が言っているのは、こうした西側と東側の対立を原因とするインフレは長期トレンドであって、ウクライナ情勢はその始まりに過ぎないということだ。
ポジャール氏は次のように言う。
Fedが単に金利を上げるだけで物価は安定に向かうのか? それとも安い商品や安いエネルギー、労働力などの不足という圧力が実体経済に存在するのか?
西側諸国はこれから別のエネルギー資源の調達方法を考えなければならない一方で、アメリカが対ロシア経済制裁に賛同しない国を制裁で脅し始めたため、中立の国々はドルを中心としたアメリカの支配する経済圏から逃れようとしている。
こうした状況は、それぞれの側にこれまで敵国から調達していたものを自前で製造する必要性を生み出す。エネルギー資源、金融システム、半導体、ソフトウェア、様々なものを輸入するのではなく自分で作る必要に迫られる。
脱グローバル化とインフレと金利
それはつまり、2016年のイギリスEU離脱から始まっていた脱グローバル化の加速であり、投資家はグローバル化がこれまで物価の抑制に大いに貢献してきたことを考えなければならない。
パソコンが安価に手に入るのは、これまで中国や東南アジアの安価な労働力を使って作られてきたからである。それは自由貿易を前提としたグローバルな経済である。
よって脱グローバル化はインフレを意味する。しかし問題はそれだけではない。ポジャール氏が今回言いたいのは、脱グローバル化には大量の設備投資が必要になるということである。
そもそもそれはインフレの問題点でもある。インフレとはものが不足して価格が高騰することだが、価格を抑えるためには金利を上げて、住宅ローンや自動車ローンなどを借りにくくする必要がある一方で、金利が上がれば借金で設備投資をしようとする企業にとっても妨げになってしまうのである。
ポジャール氏は次のように述べる。
再軍備、国内回帰、再備蓄、そしてエネルギー改革。すべてが大量の資本を必要とする。それらの資金を賄うためには、高すぎない金利が必要だ。
ここに既に矛盾が存在している。需要を抑えるためには金利を上げなければならないが、金利が上がると設備投資を行なって生産を増やすことが難しくなる。
インフレと不況が同時に起こるスタグフレーションの難しさが分かってきただろう。だから紙幣をばら撒いてインフレにしてはならなかったのだが、考える頭のない有権者はそうした選択肢しか選べない。彼らには「お金が降ってきて嬉しい」程度の知能しかない。
イールドカーブコントロール
インフレという出口のない袋小路は最終的に何処に行くのか? ポジャール氏の予想は、中央銀行が長期金利を直接操作するイールドカーブコントロールである。彼はこう述べている。
こうした背景から、イールドカーブコントロールが中央銀行の選択肢に入ってくるだろう。
イールドカーブコントロールは、日銀が既に採用している政策で、日銀は長期金利をほぼゼロに固定することで金融緩和を続けている。
だが、金融緩和というもの自体がデフレがあったからこそ可能な贅沢品だったということを世界は既に思い知ったはずである。
ポジャール氏の言うイールドカーブコントロールは、日銀がまだやれているような贅沢品のことではない。彼はこう続ける。
だが、イールドカーブコントロールと言っても金利を1%で固定し資産価格を暴騰させるようなものではなく、金利が天井を突き抜けないようにするものである。
つまり、ポジャール氏はこれから金利の高騰が止まらなくなることによって、それを抑えるために中央銀行はイールドカーブコントロールを余儀なくされると言っているのである。
ポンドは始まりに過ぎない
何処かで聞いた話ではないか。9月末に、イギリスで誕生した新政権がインフレ下にばら撒きを行うと発表してポンドの暴落と金利の高騰を招いた。
その後イングランド銀行は金利抑制のために短期的に債券を買い支える措置を発表せざるを得なくなった。
ポジャール氏に脱帽せざるを得ないのは、このインタビューがイングランド銀行の買い支え発表の2週間前のものだということである。そしてポジャール氏によれば、こうした状況は今後長期トレンドになる。
彼は次のように続ける。
第2次世界大戦で、中央銀行は戦争に勝つために短期金利と長期金利を固定し、イールドカーブを決めた。
第3次世界大戦になれば当然同じようになる。幸い今回のは経済戦争になっているが、それでも中央銀行は債券市場に介入し、イールドカーブを高い水準で制御することになる。
インフレが起こっている最中にイールドカーブコントロールが普通の政策になるなど、今の市場参加者にはなかなか信じがたいのではないか。そんなものは戦時中の政策ではないか。
しかし去年の記事では誰も信じていなかった価格統制は、今年のインフレで世界的に普通の政策となってしまった。(ポンドはそれで暴落した。)
通貨暴落へ
前から述べているように、ポジャール氏は世界中の人々がドルから離れてゆくと予想している。
だがポジャール氏は同時に他の国々の通貨も(ポンドがインタビュー後にそうなったように)苦境に陥ると見ているらしい。彼はこう述べている。
日本やヨーロッパ、イギリスなどでは通貨危機が起こっている。
世界にはただ1つの金融政策があって、それはアメリカの金融政策であり、その方向に行かない国は通貨安に見舞われることになる。
アメリカが利上げを始めたにもかかわらず、他の国が利上げしない場合、その国は通貨安に見舞われる。今の日本の状況である。
通貨安の一番の問題は、海外の商品が高くなることである。ポジャール氏はこう続ける。
ヨーロッパなどコモディティを自給自足できない国々は、物資を輸入できるように為替レートをまともな水準に保つよう金融政策を妥協しなければならなくなる。
つまりは通貨安を止めるために金融引き締めを行うということである。しかしそうすれば債券が暴落し金利が高騰することになるだろう。
結論
要するに、これから先進国は通貨安と金利高騰のジレンマに襲われることになる。ドルの下落を待っている投資家は多いが、他の通貨も信頼できなければ何に対してドルを売れば良いのか。
だから筆者は、ドル円が円高に振れることよりも、ドル建てで金価格が上昇することに賭けた。それはどちらもドル安を意味する。
やはり世界的なインフレと通貨安で賭けるべきところはコモディティだろう。ハイパーインフレシナリオが本当に近づいてきたのかもしれない。