ドラッケンミラー氏: 株式市場は40年前の物価高騰時代より酷い惨状に

ジョージ・ソロス氏のクォンタムファンドを率いたことで有名なスタンレー・ドラッケンミラー氏が、Palantirによるインタビューでインフレと株価について語っている。

金融緩和のない世界

長らく低金利と紙幣印刷によって押し上げられてきた株式市場が窮地に立たされている。アメリカで行われたコロナ後の莫大な現金給付が遂に2021年からインフレを引き起こし、金融緩和が出来なくなったからである。

だがこの金融緩和がいつから始まったか、知っている投資家が(もしそれを知らずに投資家と呼べるのであればだが)どれだけ居るだろうか。

ドラッケンミラー氏は次のように述べる。

1982年から始まった金融市場の上げ相場は、特に直近の10年においてブーストされたが、それを生み出したすべての要因は、無くなっただけではなく、逆流している。

2021年まで続いていた金融緩和の時代は、1982年に始まった。それから約40年間、緩和はアメリカの金利を下げ続け、米国株の上げ相場を支えてきた。アメリカの長期金利のチャートは次のようになっている。

リーマンショック以降は政策金利がゼロになってしまったので、紙幣印刷に移行して株価は更に押し上げられた。そしてコロナ後の現金給付がとどめとなり、物価が高騰し始めたのである。

ドラッケンミラー氏は次のように述べている。

リーマンショック後の低インフレに対応するために行われたゼロ金利と大量の紙幣印刷、つまり量的緩和政策は、ほとんどすべての資産価格をバブルにした。

インフレと金融引き締め

だがインフレが起これば40年間株価を支えてきた金融緩和はもはや出来なくなる。緩和を続ければインフレが更に酷くなるからである。

それどころか、中央銀行は今や利下げと量的緩和の逆をやっている。利上げと量的引き締めである。

中央銀行は緩和を止めただけではない。これまで下げてきた金利を上げ、ばら撒いてきた紙幣を吸収しているのである。

ドラッケンミラー氏は次のように言っている。

今や中央銀行は禁煙した喫煙者のようだ。ポルシェを時速300キロで運転していて、アクセルから足を離すだけではなく急ブレーキを踏んだらどうなるか。

わたしの意見では、1966年から82年のように、最高でも10年間横ばいになる可能性が高い。

「最高でも横ばい」というのは上がる見込みがまったく無いと言いたいのである。彼は今年、株価の下落に賭けて利益を得ている。

1966年から82年の米国株がどうなったかと言えば、次のようになっている。

数字の上では米国株が長らくほぼ横ばいとなった16年間である。その中には株価がほぼ半値落ちとなった1974年の暴落を含んでいる。

横ばいと言うにはジェットコースターな株価の推移だが、実際にはこの期間、米国株は長期で見ても横ばいであったわけではない。

何故ならば、1970年代は物価高騰の時代であり、ドルの実質的価値が暴落した期間だからである。

途中で株価が半分になるような暴落に耐えた結果、最終的には投資した当初と同じ量のドルを何とか確保したとしても、1966年のドルと1982年のドルではまったく価値が違う。紙幣の価値が下がるのがインフレだからである。100ドルで買えたものが100ドルでは買えなくなっている。

では、ドルの価値はこの期間どうなったのか? CPI(消費者物価指数)を使って1966年1月のドルの価値を1とすると、その後のドルの価値は以下のように変化している。

1982年12月までにドルの価値は67%減価している。つまり、株価が横ばいでも実質的にはその価値は1/3になったということである。

現在のインフレは当時よりも酷い

だがアメリカ経済は1970年代の物価高騰からその後復活したではないかという主張もあるかもしれない。しかしドラッケンミラー氏によれば、当時のような幸運はもはやないかもしれない。彼は次のように言う。

当時幸運だったのは、そのような環境でも成功できた会社があったということだ。Apple Computerなども当時創業された。

1970年代のインフレの時代に続く1980年代と言えば、AppleやMicrosoftなどが新商品を出していったIT革命の初期であり、その後もアメリカはIT分野において革新を行ない続けた。

だが今はどうか。Appleを含むスマートフォンメーカーは、毎年バージョン番号だけは変わったが中身は大して変わっていない新商品を出し続けている。

そもそも何故アメリカ経済は紙幣印刷に頼らなければならなくなっているのか。少なくとも当時と同じような産業革命は起こりそうにない。

脱グローバル化による物価上昇

更に、ドラッケンミラー氏は物価を抑えてきたもう1つの要因を語る。

当時はグローバル化の初期段階だった。グローバル化はその後世界を1つにし、生産性を向上させ低インフレをもたらした。

Appleなどが栄えた1980年代は、グローバル化社会の黎明期でもあった。Appleなどは中国や台湾の工場で生産することで安価なスマートフォンを提供している。

経済学者ならば誰もが同意するだろうが、グローバル化は物価を押し下げた。先進国の高給な労働者が作っていた商品は途上国の安価な労働力で作られるようになり、パソコンや自動車など多くの製品の価格が下がった。

それは貿易が自由に出来たからだ。だが今や、ヨーロッパやアメリカや日本は無意味にロシアからの輸入を止めている。

それはグローバル化がもたらしてきた物価下落の逆回しを意味する。特にロシア産のエネルギー資源や食品に依存していたヨーロッパは日本人には想像できないようなエネルギー・食糧危機に見舞われている。

「だがそれはロシアだけではないか」と人は言うかもしれない。だがレイ・ダリオ氏によれば、ウクライナ問題は東西対立の序章に過ぎないようだ。

彼の見方が正しければ、脱グローバル化によるインフレはこれから加速することになる。そうなれば当然、インフレ率は上昇し、株価を押し下げている金融引き締めも更に強くなってゆく。これは40年前のインフレにはなかったことである。

結論

要するにこういうことである。1970年代と同じ規模の景気後退と株価暴落は不可避であり、他の条件を考慮すれば、恐らくそれよりも酷い状況がこれから長く続く。

資産運用を仕事にしたことさえない金融庁の話はよく聞くにもかかわらず、ドラッケンミラー氏のような資産運用業界で最高の頭脳の話は聞かない人々は、きっと素晴らしいリターンを市場から得るだろう。金融市場とは本当に素晴らしい場所であると筆者は心から考えている。