ドル円が上昇を続ける中、日本政府は為替介入で円安を抑えることを考えているようだ。しかし為替介入は効くのだろうか? アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏がBloombergのインタビューでこの疑問に答えている。
ドル円高騰
まずはドル円の状況を再確認しよう。
年始から見ればかなりの上昇幅である。これを歴史的な水準と比べればどうかと言えば、長期チャートは次のようになる。
2015年のアメリカ利上げ開始、2007年のリーマンショック前のアメリカ利上げなどの高値を飛び越えて1998年まで遡らなければ同様の高値水準は存在しない。
一方で、他の通貨と比べるとどうか。例えばユーロ円の長期チャートは次のようになっている。
確かに高いものの、2016年などの水準から離れていないため、ドル円ほど飛び抜けて上がっていないことが分かる。
これをどう読み解くか。2022年のドル円上昇は特にドルの上昇であるとも言える。あるいは、ドルが上がり、円とユーロが両方下がっていて、下がり方は円の方が酷いとも言える。
筆者はユーロを空売りしているが、食料・エネルギー危機に発展しているユーロよりも安い円というのは結構非常事態である。
日銀の為替介入
そこで日銀、財務省、金融庁が3者会合を行ない、為替介入の気配を匂わせた。
匂わせただけで実際に介入をするかどうかは定かではないが、問題は仮に介入したとしてもドル円のチャートを動かせるのかということである。
この点について、財務長官を務めた経験があり、なおかつ経済や相場についても分かっているサマーズ氏(この条件に当てはまる人間は世界に彼しかいない)に聞くのは正しい選択だろう。彼は次のように述べている。
一般論で言えば、為替介入が為替市場に持続的な効果をもたらすかどうかには懐疑的だ。
為替市場は当局が利用できる資金量に比較してもあまりに巨大で、現代において為替介入が円の価値を維持するために継続的で大きな効果を発揮できるとすれば驚きだ。
一般によく誤解されることだが、そもそも為替市場は誰かが操作できるものではない。為替市場は世界最大の金融市場であり、政府であっても(何かを犠牲にせずに)それを操作することは容易ではない。
例えば1992年のポンド危機において、ジョージ・ソロス氏(正確には当時クォンタムファンドを運営していたスタンレー・ドラッケンミラー氏)がポンド急落時に空売りで儲けたのは、彼がポンドを下落させた(つまり彼がいなければポンドは下落しなかった)わけでは決してない。
ソロス氏は自伝『ジョージ・ソロス』でポンド危機について次のように書いている。
わたしがこの世に存在しなかったとしても、状況は似たようなプロセスを辿っていただろう。
いかなる場合でもわれわれが自分から状況を動かしたことはない。われわれはゲームマスターであるドイツ連銀の指示に従っただけだ。
恐らくは他の参加者よりもゲームを動かしているのが誰かをよく理解していただろうし、シグナルを見分ける能力に長けていたのは確かだろう。
当時、ドイツはヨーロッパの盟主としてユーロの行く末を決定する権限があった。イギリスのポンドはユーロ加盟に必要な価値を維持できず、ユーロ加盟を断念した。(結果としてはこれは非常に良かったのだが。)
円相場を動かしているもの
では今の円相場におけるゲームマスターは誰だろうか? サマーズ氏は次のように語っている。
円相場についてもっと本質的なのは、短期と長期両方の日本の金利水準と、日本人がある時点でその金利を何処まで不快を感じずに上げられるかということだが、日本が莫大な負債を抱えていることを考えればこれは簡単な問題ではない。
円の問題に限って言うならば、円安の原因はインフレが問題になっているにもかかわらず緩和を続けている日銀である。だから日銀が緩和を止めない限り、為替介入で一時的にドル円を動かしても長期的には無意味だとサマーズ氏は言っているのである。
あるいはそもそも為替介入でドル円を長期的に操作できたとしても、それをアメリカが良しとするだろうか。様々な意味で為替介入はナンセンスでしかなく、まともな市場参加者はほとんど気に留めていないはずだ。
結論
だがやはりドル円にとって一番大きな問題はアメリカの金融引き締めだろう。円が安くなった分も当然あるのだが、円安よりもドル高の方がやはり大きい。
そして年末年始にかけてアメリカでは株価暴落と景気後退が予想されている。
アメリカが金融引き締めを撤回しなければならない時が半年以内には来るだろう。その時にはドル高の流れは逆流する。米国株を保有する日本の投資家は、株価の暴落とドルの暴落を両方有難く頂戴することになる。
そもそもインフレ(ドルの価値下落)でドル高になっている状況は矛盾を抱えているのである。それはいつか逆流しなければならない。
ポンド危機でポンドを空売りしたドラッケンミラー氏は、今度はドルを狙っている。筆者も狙っている。問題はタイミングである。
ジョージ・ソロス