ジム・ロジャーズ氏: 分散投資をしてはいけない

何処かで聞いたフレーズがGoldCore TVによるジム・ロジャーズ氏のインタビューから聞こえてきた。ジョージ・ソロス氏とクォンタムファンドを創業した彼が分散投資についてどう考えているかを紹介したい。

株式と債券の分散投資

このインタビューでロジャーズ氏は分散投資について聞かれている。

まず話題に上がったのは、特にアメリカなどで投資初心者に奨められる、60%を株式、40%を債券に投資する、いわゆる60・40ポートフォリオである。

この投資方法は特にアメリカでは長年大きな利益を上げてきた。長らく続く低金利政策で、金利が下がり株価が上がったわけだが、債券にとって金利低下は価格上昇を意味するので、低金利政策で株価も債券価格も両方上がったからである。

しかし2022年に入ってから、この60・40ポートフォリオを保有する人々が悲鳴を上げている。何故ならば、アメリカの長期金利が以下のように長年の低下トレンドに逆らって上昇を開始しているからである。

金利上昇は債券価格低下を意味する。一方で株価はどうか。金利の上昇度合いは長年のチャートから見ると大したものではないのだが、その大したことのない金利上昇でも大騒ぎしなければならないのが株式市場である。今年の米国株は次のように推移している。

何故ならば、これまで株価の上昇は金利低下に依存してきたので、金利が少しでも上に上がろうとすればこれまでの株価バブルが逆流せざるを得ないのである。

ということで、インフレで金利を上げざるを得なくなり、債券は下落し株価も下がる、60・40ポートフォリオの投資家には悲惨な日々が続いているが、1970年代のインフレが10年以上続いたことを考えれば、長期投資家でさえも60・40ポートフォリオについて考え直さざるを得ないのである。

この状況について、ロジャーズ氏は次のようにコメントしている。

60・40の伝統的なポートフォリオとやらのことは忘れた方が良い。それは利益を出すための方法ではない。分散投資というのはいつも証券会社が持ち出してくるもので、その目的は訴訟されないようにするためだ。それは顧客が利益を出すためのものではない。

世の中には2種類の人間がいる。相場を予測できる人間と、できない人間である。そして証券会社や銀行や金融庁に居て、あなたに投資を奨めてくるのは、相場を予測できない人間である。

そして相場を予測できない人間が決まって持ち出してくるのが、投資対象の過去のパフォーマンスである。

株価はコロナ以後2年も上がり続けているから来年も上がり、米国株は40年上がり続けているからもう40年上がり続け、隣の山田さんはこれまで70年生きたから更に70年生きるというわけである。

まともな投資家であれば、誰でもこんな理屈では相場は予想できないことを知っている。過去のトレンドがいつもそのまま続くならば投資家は誰も苦労しない。そんなことを信じるのはそう信じたい理由のある人だけである。

そもそも分散とは何か

そもそも分散投資とは何なのだろうか。株式と債券が同じように動くならば、そもそもそれは分散になっているのだろうか。

自分で考えて投資をしている投資家であれば、誰でもこの問題に真剣に悩んだことがあるはずだ。投資家は誰でも下落時に大きなドローダウンを受けたくない。メインのポジションが下がっている時に逆行高になってくれる別のポジションが欲しい。だが株式の代わりに債券を持っても、米国株の代わりに中国株を持っても、結局はアメリカの中央銀行の動きに従ってしまう。

この状況に置かれた投資家の選択肢は2つである。1つは考え続け、真にリスクを減らせるポジションの組み合わせを考えること。例えば、筆者は今年株の空売りで儲けているが、株価が短期的に上がり続けた間はスイスフランの買いが利益を出してくれた。

そしてもう1つは考えることを放棄して、実際には何の分散にもなっていない「分散」ポートフォリオを持ち続けることである。多くの人はこの選択肢が好きらしい。

分散投資は善か

この大勢に人気の「分散投資」について、ロジャーズ氏は次のように語っている。

利益を出すためにはむしろ集中しなければならない。すべての卵を1つのかごに入れるべきだ。

だが正しいかごを見つける必要がある。そしてそのかごを非常に慎重に見張るべきだ。

何処かで聞いたフレーズではないか。ここの読者は覚えているだろうが、ロジャーズ氏がクォンタム・ファンドを離れた後にクォンタム・ファンドの運用担当者となったスタンレー・ドラッケンミラー氏の以下の言葉である。

わたしの投資スタイルはビジネススクールで教えられているものとは正反対だ。彼らは分散投資をすれば、集中投資をするよりリスクが低くなると言う。それが正しいとはまったく思わない。

クォンタム・ファンド出身の著名投資家2人がまったく同じことを言っている。

だがこれは別にクォンタム・ファンドの伝統というわけではない。真面目な投資家ならば誰でも同じことを言うだろう。

分散投資が困難な理由

投資家は、何か投資アイデアを思いついた時、その投資アイデアが正しいかどうかを死ぬ気で考えることが仕事である。そのアイデアが正しいと根拠をもって証明できた時、始めてそのアイデアに投資をすることができる。

だが分散投資とは、いわば多くのアイデアに賭けることである。例えば10個の企業に賭けるとしよう。真面目に投資家として仕事をしようと思えば、すべての企業の財務諸表を見、すべての企業がビジネスをするマーケットを調査して、その投資が正しいということを10個の企業すべてについて証明しなければならない。

米国株と中国株の両方に投資をする場合も同じである。アメリカの金融政策と中国の金融政策の両方について時間をかけて調査しなければならない。

自分の投資アイデアが正しいのかどうかをきちんと証明しようとする人間、その経験を持った人間であれば、10個の企業を徹底的に調べるよりは1個の企業を徹底的に調べることの方が現実的であることを知っている。そして1個の企業について徹底的な調査をし、その投資が正しいと証明できるならば、何故それよりも確度の劣る他の投資をしなければならないのだろうか?

だが一方で、分散投資を薦める人々にはそれをする他の理由がある。もう一度ロジャーズ氏の言葉を引用しよう。

分散投資というのはいつも証券会社が持ち出してくるもので、その目的は訴訟されないようにするためだ。それは顧客が利益を出すためのものではない。

例えばAppleに投資をするように奨め、他の株式が上がったにもかかわらずAppleだけ下がったならば、奨めた人間が非難される。一方でインデックス投資を奨めて株式市場全体が下がったとしても「地合が悪かった」で済まされるだろう。

しかし実際には個別株を奨めてもインデックスを奨めても、証券会社や銀行や金融庁が株価の行方について、長期であれ短期であれ何も知らないという事実は何も変わらない。

「Appleはこれからも目覚ましい成長を続ける」「S&P 500はこれからも上昇し続ける」「いや、これからは日本株が来るはずだ」これらの投資アイデアのうち、1つが安全で他が危険だということはない。根拠があれば正しい投資であり、根拠がなければすべて間違った投資である。そして過去のパフォーマンスはまったく根拠にならない。残念ながら山田さんが140年生きることはない。

どの適当なアドバイスでも顧客がギャンブルさせられることには何の代わりもないのだが、推奨する側は非難される度合いの少ないものを当然選ぶだろう。そして推奨されているものの中に、投資信託という薦める側が得をするものを混ぜておけば完璧である。

結論

ロジャーズ氏やドラッケンミラー氏などの本職の投資家と、証券会社や銀行や金融庁など投資を仕事にしたことがない人々との違いは、端的に言えば投資アイデアに根拠があるかどうかである。根拠のある投資と根拠のない投資、人々は自分の好きな方を選べば良いだろう。

だが筆者はこう主張しておきたい。すべての投資アイデアには根拠が必要で、根拠が何もない限り、どんなアイデアであってもそれはすべてギャンブルに過ぎない。日本人は存外ギャンブルが好きらしいというのが、筆者の最近の発見である。