アメリカ発の世界的な物価高騰が話題となる中で、インフレ率の先行きについて専門家らが様々なことを言っている。アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏は去年からインフレを警告してきた1人であり、今なおインフレを警告し続けている。
アメリカのインフレ見通し
今回の記事では彼がBloombergのインタビューで金融政策とインフレの一部である住宅価格の高騰について語っている部分を紹介したい。
筆者を含め、去年は一様にインフレを警告してきた論客も、ここ1ヶ月ほどは意見が割れている。それが特に表面化したのは7月のインフレ率の減速が明らかになってからである。
しかしそれでもサマーズ氏はインフレを甘く見てはならないと警告を続けている。
サマーズ氏がそう主張する1つの理由は、これまで彼が述べてきたように労働市場である。賃金が下がらなければサービスの価格が下がることはなく、賃金が下がるということは失業率などの労働市場の指標が悪化するということである。
だがそれはまだ起きておらず、これから起きるとサマーズ氏は予想している。
そして今回のインタビューではもう1つの理由を上げている。それは住宅市場である。
住宅バブルはまだCPIに反映されていない
アメリカでは住宅価格が高騰しており、それもまたアメリカの消費者の懐事情を悪化させている。
しかしこのような数字は実はCPI(消費者物価指数)の中には見られない。住宅価格を示すCPIの要素は精々6%程度のインフレとなっている。
サマーズ氏はこの件について次のように述べている。
ここ1年で新たに賃貸契約を結んだ人や新居を買った人は前年比で15%か20%多く支払っているが、インフレ率にはそれはまったく反映されていない。
何故なのか? サマーズ氏はその理由を次のように分析している。
反映されているのは既に賃料が上がった少数の人の分だけで、他の人の賃料はまだそのままだからだ。
どういうことか。サマーズ氏は続けて説明する。
だからこれからインフレの原因になるのは、新規契約の賃料が高騰するからではなく、今の市場価格で契約更新しなければならない人の分だ。新規契約の価格もいまだかなりの速度で上がってはいるのだが。
つまり、住宅市場で住宅価格や賃料が上がったとしても、既に賃貸契約を済ませている人はこれまでと同じ安い賃料を払い続けているはずである。
しかし賃貸契約の期限はいずれ到来する。そうなれば高騰した後の賃料水準で契約更新をしなければならなくなる。サマーズ氏は、住宅価格とCPIの間にずれがあるのはそのためだと指摘しているのである。
建設会社は住宅を建設しない
それが住宅市場における需要側(入居者)の状況である。では供給側、つまり建設会社はどうか? サマーズ氏は次のように述べる。
建設会社は現在の住宅価格の高騰に反応していない。彼らは1年後の住宅価格の予想に基づいて行動する。そして住宅価格は下がると思われている。結果として住宅の建設は進んでいない。その理由は金利が上がっているからだ。
金利が上がり、景気後退が予想されている。この状況で建設会社がこれから住宅を作ろうと思うだろうか。
もしかするとこの状況は他の業界についても言えるかもしれない。様々な企業が新規雇用を控えたり、リストラを行なったりしている。これから来ると予想される景気後退に備えるためである。
しかし足元の経済ではインフレが過熱しており、それはつまり供給不足であることを意味している。
供給が足りない状態で企業が生産を控えるのは、インフレ率が上がっても経済成長率が落ち込むことが予想されているからである。
それこそがスタグフレーションの恐ろしいところではないのか? スタグフレーションが恐ろしいのは、インフレと景気後退という2つの厄災が同時に来るからではなく、インフレであるにもかかわらず景気後退懸念で企業が生産しなくなり、それがインフレを悪化させるからではないか。
結論
ということで、サマーズ氏は住宅市場や労働市場などいくつかのセクターにおけるインフレ継続を予想している。
一方で筆者の予想はと言えば、既に書いておいた。
しかしサマーズ氏の主張はすべて妥当である。では実際には何が起こるのか。恐らくは、インフレ率は今年の後半から来年の前半をピークとして下がり始めるが、同時に経済成長率はより大きく下がることになり、しかもそうなっても政府や中央銀行はインフレが落ち着くまで(あるいは不況が許容できないほど深刻になるまで)緩和を再開できないという状況ではないか。
その間に株価がどうなるかと言えば、以下の記事で予想したようになるだろう。景気後退はこれからであり、企業利益はこれから下がるので、株式市場は当然まだそれを織り込んでいないのである。