国際金融経済分析会合、ジョルゲンソン教授への反論: 日本の生産性は低いのか? 法人税減税と消費増税は善か?

日本政府が世界の経済学者を招いて経済の現状を分析している国際金融経済分析会合だが、3月17日の第2回会合ではハーバード大学のデール・ジョルゲンソン教授が招かれ、日本経済への提言を行った。

第1回のスティグリッツ教授が、消費増税の反対と財政政策の拡大という、安倍首相を利するケインズ的な提言を行ったのに対し、今回のジョルゲンソン氏は財務省と経団連の御用学者のようであり、恐らくは政府が人選に曲がりなりにもバランスを取ろうとした結果なのではないかと思う。次回はクルーグマン氏であり、安倍首相よりの発言を行うだろう。

個人的な意見だが、スティグリッツ氏については政策の内容に異論はあれ、経済の現状分析については間違っていないのではないかと思う。一方でジョルゲンソン氏は政策以前の経済分析そのものにかなり疑問符が付く箇所があり、ちょっとこれはどうなのかと思ったので、取り上げて批評を加えてみたい。

ジョルゲンソン氏の主張

ロイターなどで報じられているジョルゲンソン氏の主張は以下のとおりである。

  • 法人税を減税し、消費税を増税すべき
  • 法人税減税は日本企業の国際競争力を向上させる
  • 日本経済の問題点は生産性の低さであり、これは消費者から企業への資本の移転で解消される

これは正に、消費税を増税したい財務省と法人税を減税したい経団連の利害に合致するものなのだが、これが経済学的に何がおかしいのか、順に見てゆきたいと思う。

法人税が国際競争力を高めるという嘘

先ず、法人税減税が国際競争力の向上に繋がるという話はまやかしである。ジョルゲンソン氏は法人税から消費税に軸足を移すべきだとしているが、法人税と消費税の根本的な差異は経済活動のどの段階に課税するのかという点である。

法人税とは利益に課されるものであるのに対し、消費税は経済活動における売買そのものに課される。利益とは賃金や設備投資などコストを差し引いた後の金額であるから、利益への減税が企業の投資を促進することはない。一方で消費税は売買そのものを減速させるインセンティブを持つ。

また、法人税が高ければ企業が海外に移転するという話も嘘である。通常、グローバル企業が日本でのビジネスを考えるとき、日本に法人を建てるかどうかは日本の法人でなければ商売が出来ないのかどうかを考え、そのビジネスに日本の法人が必要であれば日本で、そうでなければタックスヘイブンで登記をするのがグローバルビジネスの常道である。(本社機能については後述する。)

したがって法人の登記先を日本に移してもらおうと思えば、海外法人への規制を強くするか、タックスヘイブンを下回る法人税を設定するかのどちらかであり、後者については経営者は世界中で一つの国を登記先として選ぶのだから、1位でなければ5位であろうが10位であろうが変わらないのである。アイルランドやシンガポールに法人が集中するのはそうした理由による。

スイスのチューリッヒやイギリスのロンドンのように、海外の経営者が都市そのものに利点を感じ、必ずしもその国でビジネスを行わなくともグローバルビジネスの拠点にする(本社機能を置く)というのであれば話は別だが、海外の経営者が日本語しか通じない国をわざわざグローバルビジネスの拠点にする例は極めて少ない。また、日本の経営者についても、法人税が高いから海外で商売をしても構わないという国際性のある人材はほとんどいないだろう。

日本における法人税の減税圧力は経団連によるものであり、これは法人税が減税されれば経費に含まれない役員報酬を増やすことができるからである。しかし利益の前段階のコストに含まれる一般労働者の賃金も設備投資も、法人税減税で向上することはないし、法人税減税が国際競争力に影響することもほとんどない。

日本経済の問題点は生産性か?

次の論点は日本経済の問題点を生産性の低さであるとするジョルゲンソン氏の主張である。

先ず、日本の生産性が低いというのはマクロ経済学の文脈で偶に見かける議論であり、労働者あたりGDPや労働時間あたりGDPなどの指標(労働生産性と呼ぶ)や資本生産性(設備などの資本あたりGDP)が先進国のなかで下位に位置するという話だろうと思う。ジョルゲンソン氏は日本経済についての論文を出しているが、その中では上記の様々な生産性を考慮した全要素生産性(TFP、Total Factor Productivity)を主に議論している。

これらの数字を見て、日本人は勤勉であるのに労働生産性が低いのは意外だとか、いや日本人は要領が悪いのだとかいう主張をする人々が偶にいるが、これは指標の見方を全く間違っているのであり、ジョルゲンソン氏も程度の差はあれ同様である。

例えば、原油があって人口の少ない国の労働生産性は非常に高くなる。原油を掘れば利益になるのだから、原油を掘っても利益にならない国に比べて一人あたりのGDPが増加するのは当然である。事実、産油国で人口の少ないノルウェーは、労働生産性の世界ランキングで常に上位である。

また、マクロ経済学における生産性という指標は、その言葉の字義に反して生産性を意味していない。マクロ経済学における生産性とは、どれだけの労働と資本を投下してどれだけのリターンが得られたかであり、リターンとは需要と供給によって決定されたGDPのことである。

つまりは生産性は、その字義にもかかわらず需要の大小によって左右される指標であり、同じものを同じ効率で作ったとしても、生産性という数値はその時々の需要によって上下するのである。では問題があるのは需要か供給か? 生産性という言葉は需要側の問題をすべて供給側の問題へと転嫁してしまう。

日本だけの現象ではない生産性の低下

生産性の低下は日本だけの現象ではなく、先進国に共通して見られる傾向である。しかし本当の意味での生産性は本当に減速しているのだろうか? バブル崩壊以前の日本経済では現在よりも生産性の伸びは高かった。しかし本当に生産性は鈍化しつつあるのか? IT革命以前の経済の方が生産性が伸びていると言えるのだろうか?

シェール革命などは生産性向上の技術革新の典型である。しかしアメリカでも生産性の伸びは減速している。これはどういうことだろうか?

生産性を生産効率のことであると正しく定義するならば、これらの疑問は直ちに解消される。技術革新によって価格が下がったからデフレになり、また需要の弱さがGDPを押し下げることで生産性(GDPを労働単位などで割ったもの)が低下しているのである。したがってこれは供給側が改善されているにもかかわらず需要側が伸びていないという問題なのである。

世界経済を見渡してみれば、ジョルゲンソン氏の議論は世界的なインフレ率の低下を説明できていない。彼は法人税減税が設備投資を促進し、設備投資が技術革新とともに生産性を改善すると主張しているが、本当に生産性が問題なのであればインフレが起こっているはずなのである。

生産性とは少ない資源で多くのものを造ることができるということであり、それはコストの低下を意味する。したがって低い生産性はコスト増を意味するはずであり、需要が変わっておらず、かつ消費者への資金供給に問題がない(ジョルゲンソン氏は消費増税を推奨する)のであれば、コスト増はそのまま価格上昇、つまりインフレを意味しなければならない。しかし現実はそうなっていない。

逆に高い生産性がコスト減に繋がり、需要が減少しており、かつ消費者がより資金を必要としているのであれば、経済成長率は下がり、経済はデフレに陥り、かつその結果としてマクロ経済学の算出する生産性は減速しているはずである。こちらの方が明らかに現状に合致している。

結論

ジョルゲンソン氏の議論を見たときに明らかな違和感を感じたのだが、厳密に考察をしてみてもやはり彼の議論はおかしいだろうと思う。麻生財務相は消費増税に反対したスティグリッツに対し「自分たちとは見解が違う」と述べていたが、ジョルゲンソン氏は麻生氏の同意が得られたと発言している。麻生氏は財務省の傀儡であるから当然だろう。

嘆かわしいことに、日本の経済政策は何が経済学的に正しいのかではなく、財務省と経団連にとって何が得であるのかによって決まっている。日本経済がどうなるかなど、彼らにはどうでも良いのである。

投資家としてはこうした政治家の無意味な議論を無視し、世界経済に実際に起こっていることをしっかりと把握してゆきたいものである。政治家が愚かであればあるほど、経済にとってはマイナスであるが、投資家にとっては利益の機会となるのである。

ジョルゲンソン氏が誤りならば、世界経済は本当はどうなっているのか? この点については以下の記事で説明しておいたので、そちらも参照してほしい。