金融市場に隷属する中銀: マイナス金利に踏み込んだ日銀の追加緩和が示す株式市場の先行き

この程度の株安で追加緩和を使ってしまった。これが1月29日の日銀の追加緩和を目にした時のわたしの第一印象である。

2016年1月からの世界同時株安を受け、長らく沈黙していた日銀がついにマイナス金利という追加緩和を行った。発表時には市場はやや乱高下したものの、結局は株高円安で反応した形となっている。

マイナス金利の実体経済への影響やドル円については上記の記事で十分に書いたので、今回は株式市場、特に量的緩和バブルにおいて今回の緩和がどういう立ち位置のものになるかについて説明してゆきたい。

揺らぐ金融政策の目的

先ず大前提として、日銀もFed(連邦準備制度)も物価の安定を目的として、あるいは少なくとも建前として金融政策を行ってきた。Fedの前議長であるバーナンキ氏がブログで説明したように、潜在成長率に合わせて均衡実質金利を算出し、それに沿うように名目金利を操作するというのが金融政策の目的であった。

負債の長期サイクルを考慮しないバーナンキ氏が経済学者として正しいかどうかはさておき、2015年まで中央銀行は少なくとも一定の経済学の理論に従って運営されていた。異次元と言われた日銀の量的緩和も、ETFやREITの購入を除けば経済学の学説に沿ったものであった。

量的緩和が始まったばかりの市場では、投資家は中央銀行の意向に従って動いた。アベノミクス後は株も国債も上昇し、日銀の意向に逆らった投資家は損失という罰を受けた。しかし今回の追加緩和はどうか? 今回日銀が追加緩和をした理由はどう言い訳をしようともインフレ率ではなく世界同時株安であり、中央銀行が投資家の要求に従った結果である。

市場を支えるための金融政策の末路

株安に対応するための金融政策は悪いことか? この決定の最大の問題は、そもそも金融緩和によってもたらされたバブルを更なる金融緩和で解決できるはずがなく、バブルの崩壊は先送りされるだけであり、しかも先送りしなかった場合よりも更に巨大なものに成長することになるということである。

しかし長期的な目線からは、株価はそもそも大して下がっていないのである。以下は日経平均の長期チャートである。

2016-1-30-nikkei-225-long-term-chart

アベノミクス以前からどれだけ株が上がったと思っているのか? 政府はあまりに都合の良いことに、倍以上に上昇した株価は彼らにとって対応すべき異常に該当せず、下落の場合にはたかが1割2割の調整に大騒ぎをして、追加緩和をし、バブルを更に助長させるわけである。株価を上げたい政治家の都合によって、金融市場には上方向の非常に強いバイアスが存在し、それがバブルを引き起こすことになる。

ここで対応したということは、日銀がこの程度の下落を大事に捉えたということであり、したがって彼らは本当にバブルが崩壊したときにどれだけ下落するかを理解していないということである。この決定は日銀の甘い相場観を深く暗示している。

投資家の奴隷としての中央銀行

何度も言うが、2016年初頭のボラティリティ上昇は量的緩和バブル崩壊の単なる前兆であり、本当のバブル崩壊は始まってさえいない。

しかしそれでも日銀は動いた。物価を安定させるためではなく、株高を維持するためにである。

これまでは中銀に従って投資家が動いていたものが、ついに投資家のために中銀が動いた。これは金融市場にとって非常に重要なターニングポイントである。主従関係が逆転する日が来ると随分前に予言したのを読者は覚えているだろうか? 以下は2014年12月の記事である。

量的緩和が続いている間、投資家が株安によって当局への催促相場を演じたとしても、空売りは結局当局の介入による株高によって罰せられる運命であった。しかし、ある程度の金利上昇が不可避である状況下では、債券の空売りによる追加緩和の催促は罰せられることがない。

  • 債券安 -> 中央銀行による資産購入 -> 債券価格の安定、株高

債券への売り圧力が高まれば高まるほど株式市場は高騰することとなり、多くの投資家が債券から株式へと乗り換えようとするだろう。このような催促を罰することは容易ではなく、こうなれば当局は投資家をコントロールする手綱を失ったも同然である。

この記事を書いた1年以上も前から、量的緩和バブルに関する大まかなシナリオは何も変わっていない。そして催促相場が株式市場だけを支配している間はまだいいが、上記の記事で予想したようにこれが債券市場に及んだときには、金融市場は本当に終わりである。しかしその時はまだ来ていない。

中期的には株式市場はどうなるか?

より短中期的に投資家に役に立つ話をしよう。マイナス金利の効用である。今回の追加緩和は円安を支えるものであり、日銀がマイナス金利のさらなる引き下げに動けば円安(ドル高とは別)は進行するだろう。円安は輸出を助け、一時的に日本経済を支えるかもしれない。しかし世界全体としてパイが変わったわけでは決してないということを、投資家は忘れてはならない。

日本やユーロ圏が緩和を続け、ドル高が行き過ぎれば、今度は米国の景気が減速するため、米国は利上げを諦めて緩和に逆戻りするだろう。そうすれば円安による日本経済の浮揚効果も振り出しに戻ることになる。中国経済を筆頭に、世界経済全体が失速する中では、通貨を引き下げて他国の成長を輸入する政策は長期的には上手くいかない。

円安は日本経済にプラスであり、株もそのように反応するかもしれない。しかし為替による浮揚効果は長期的には維持できない。アメリカと中国が強かった時期はいいが、その時代はもう終わったのである。

結論としては、株式市場は金融相場にはなりうるが、景気相場にはならないということである。そしてそうした時期に株の上昇に賭けるのは悪手である。何故ならば、金融相場のみに賭ける方法が別にあるからである。わざわざ実体経済の減速にも同時に影響される資産クラスを買う必要は全く無い。

催促相場を覚えた日本株が今後どう動くのか、傍観者としては楽しみでもある。それを分析すれば新たな情報となるだろう。日銀もFedも、もはやインフレ率や労働市場など見ていない。中銀はただ相場の機嫌を伺うだけの道化になってしまった。これはバブル崩壊への重要な第一ステップである。