アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏がBloombergのインタビューで中国経済について語っている。
中国が覇権国家になるのか
アメリカが緩和バブルで経済を支える限界に達し、現金給付で物価が高騰してしまったことから、レイ・ダリオ氏などの著名投資家は中国がアメリカに代わって覇権国家になると主張している。
インタビューでこの意見について聞かれたサマーズ氏は、友人でもあるダリオ氏に反論し、次のように答えた。
アメリカは競争に耐え、強くあり続けるだろう。中国が今どう見られているかについては、過去を振り返ると重要な視点がいくつかある。
1990年に日本がどう見られていたか。1960年にロシアがどう見られていたか。こうした国々は強力な脅威に見えたが、アメリカは持ちこたえた。それが今のところのわたしの意見だ。
今の中国脅威論は、日本のバブル時代に日本がアメリカを追い越して世界1位の経済大国になると言われていたことと同じだとサマーズ氏は言う。
ダリオ氏の話を聞くと思い出さずにはいられないのは、どれほど多くの人々が当時、日本がアメリカを追い越すと信じていたかということである。
例えばあのジョージ・ソロス氏までもが、日本が覇権国になると信じていた。彼は当時、著書『ソロスの錬金術』で日本のバブルについて次のように言っている。
この規模のバブルが爆発することなく軟着陸に成功した例は過去にない。当局は日本の債券市場の暴落を防ぐことはできなかったものの、株の暴落を阻止することはできるかもしれない。持続的な円高が当局に味方している。
もし当局が成功すれば、史上初の出来事になる。つまり、金融市場が社会の利益のために操作される新しい時代の幕開けとなる。
日本は成長路線を突き進んでおり、わたしたちは落ち目である。問題は、米国やその他の国が、強い国民意識を持った異文化の日本という国に統治されることを良しとするかどうかである。
今読んでみれば驚くべき文章である。そしてそのソロス氏は当時の失敗から学んだためか、現在の中国バブルは崩壊すると考えている。
アメリカは大丈夫か
ソロス氏とサマーズ氏は中国覇権論に懐疑的であり、多数決ではダリオ氏に分が悪いようだ。しかしサマーズ氏は米国の覇権維持に条件を設けている。彼は次のように続ける。
だがそれはアメリカが自身のシステムの根幹を維持できるかどうかにかかっている。
アメリカの株式市場がこれほど強い理由の1つは、人々がアメリカにおける法の支配を強く信じ、株主が自分に帰属する利益を誰かに奪い去られることなく手に入れられることを信じているからだ。それが米国企業の株価収益率が中国企業よりも遥かに高い理由だ。
だから法の支配に対するわれわれの見方が疑われるようなことになれば、米国の資産価格の長期的な推移が好ましくなくなる原因になりうる。
例えば、中国のすべての学習塾は習近平氏の鶴の一声で営業停止になった。子供がゲームをする時間にも政府による制限が付けられ、ゲーム産業は打撃を受けた。
経済学者であるにもかかわらず市場の機微を熟知しているところがサマーズ氏らしいが、彼によればアメリカではこのように政府によって株主の利益が害されないことが、中国株より米国株のバリュエーションが遥かに高い理由だということである。
だがアメリカも今や共産主義化していると言えば、どれだけの読者が同意するだろうか。しかし今や、アメリカでは誰が現金を持つべきかは現金給付と過剰な失業保険によって政府が決めている。これまでの異常な低金利政策によって、どの企業が生き残るべきかも政府が決めている。
それに加えて、アメリカ民主党のエリザベス・ウォーレン議員らは、株主から直接的に(かつ理由なく)金をむしり取る資産税を提案し、普段は政治的な発言をしないダリオ氏をも怒らせた。
結論
サマーズ氏とダリオ氏は主張が異なっているように見えて根本的なところでは意見が合っているのだと思う。何故ならば、サマーズ氏の懸念する「株主の利益をないがしろにする社会」とは、まさにダリオ氏が以下の記事で説明した、覇権国家の寿命の末期に起きる現象と同じだからである。
ちなみに筆者は短期的にはダリオ氏に反対し、長期的には賛成している。まず、現状の中国の不動産バブルはもうどうにもならない。
しかし中国政府は皮肉にも、これを政府によるゾンビ企業救済という愚策を使わずに対応しようとしており、それは資本主義的に非常に正しい。前にも説明したように、例えばコロナでこれほど経済が傷んだのは、実はそれまでの借金のせいである。
不動産バブル崩壊により、不動産で老後資金を運用していた多くの中国人は路頭に迷い、数年の深刻な景気後退を被るだろうが、その後中国経済は長期的な成長に戻ってゆくだろう。
日本と中国の根本的な違いは人口である。日本が1億の人口で世界トップになるのが難しくとも、中国の人口なら難しくはないだろう。
そして前にも書いたが、歴史的には中国経済が弱かった直近100年の方が異常であり、3000年の歴史を考えれば中国経済の強さが戻ってくる方が普通なのである。これは客観的認識である。
一方で紙幣印刷を謳歌してきたアメリカにはこれからその報いを受ける10年間が待っている。1970年代のような、強烈なインフレと景気後退を何度も繰り返す10年が来ると筆者は予想している。以下の記事に書いた通りである。
中国が不況から立ち直り、アメリカがインフレで疲弊した後、世界経済の構図はどうなっているだろうか。楽しみに傍観させてもらいたい。
ソロスの錬金術