世界最大のヘッジファンド: 金融市場はランダムウォークではない

世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏がMercatus Centerのインタビューで1時間近く喋っているが、その中で面白い話題があったので紹介したい。

効率的市場仮説

金融業界にはある仮説がある。市場は常に効率的で、あらゆる情報を既にすべて織り込んでいる。したがって誰かが未来を予想して利益を得ることはできず、結果としてチャートの推移はランダムだというものである。

これは効率的市場仮説と呼ばれていて、経済学者や金融業界の人間のなかにも信じている人々がいる。ジョージ・ソロス氏やレイ・ダリオ氏のようなファンドマネージャーの驚異的な投資成績は実は偶然の産物で、彼らは金融市場について何も知らず、ただサイコロで6の目を出し続けているだけの運の良い人々だという主張である。

このインタビューでは市場はランダムではないかと言う司会者の主張にダリオ氏が答えていて、なかなか面白い。

司会者はこう言う。「マクロ経済学の文献によれば、例えばGDPのチャートでさえも統計学的なテストによればランダムウォーク(訳注:ランダムなチャートの動き)と区別しがたい」。

それについてダリオ氏はこう答えている。

それはわたしの見方とは違う。長年業界で働いているが、それがランダムであったことはない。

多分わたしたちは別のことについて話している。あなたは文献で読んだことについて話しているが、わたしは50年業界にいて実際に経験していることについて話している。だからわたしとあなたの見方は違うのだろう。

学者の世界には大勢、あろうことか金融業界にも一部、効率的市場仮説の信奉者はいて、市場が効率的ではないことを実際に毎日目にしている運用者らは彼らのことを白い目で見ているのだが、ダリオ氏もやや呆れたように(間違いなくそういう人々とこれまで何度も会っているのだろう)返答している。

それでも司会者は「では文献の何が間違っているのか教えてほしい」「政府のデータベースから取ってきた実際の数字を統計的に観察すると、結果はランダムウォークに近い、GDPもそうだ」と食い下がる。

ダリオ氏は次のように続けている。

それは全然ランダムではない。では金利はランダムだろうか? 中央銀行が金融引き締めをすれば、それはランダムだろうか? 経済が今インフレ圧力に晒されているのはランダムだろうか? これらのことがランダムだと言うのだろうか?

司会者はダリオ氏のこうした疑問に答えられないが、それでも引くことなく「今あなたの言った数字は公表されているデータだ、ではどうしてそれらは既に市場に織り込まれていないのか?」と続ける。

ダリオ氏はこう答えている。

市場はポーカーのようなものだ。わたしはポーカーを50年以上プレイしているが、同じようにこれはゼロサムゲームで、賢い人がそれほど賢くない人からお金を取り上げる。

もしあなたの言っていることが事実なら、わたしはこの仕事を出来ていないだろうし、このインタビューも受けていないはずだ。

この司会者が1つ片手落ちなのは、市場は効率的で誰も市場を予測する力など持っていないと主張しているにもかかわらず、ダリオ氏を自分の番組に呼んでいることだ。本当に自分の言っていることを信じているなら、ダリオ氏を呼んで話をする理由など一切ないだろう。

それでも司会者は食い下がり、「ある人々が他の人々より賢いと考えることも出来るだろうが、それが単に公表されているデータを指摘するだけならば、他の人も簡単に真似できるだろう」「過去のデータを眺めてその次の結果を予測できるかどうかやってみてもそれは出来ない」と続ける。

恐らく、彼が言っているのは過去のデータを統計処理することでその次の動きを数学的に予想できるかということだろう。それが彼らにとってのランダムの定義なのだ。

ダリオ氏は眉間にシワを寄せながらシンプルに返答する。

出来ない人は出来ないだろうし、出来る人は出来るだろう。

金融市場はランダムか

これは筆者が見解を述べる前に聞きたいのだが、読者はどういった感想を持っただろうか。

先ず第一に、この司会者は「データの解釈」という観点が完全に抜け落ちている。データを数値処理することだけが彼らにとっての「データの理解」であり、GDPが何故増加したのか、インフレは人々のどういう心理の結果起きているのか、金利は中央銀行がどう考えた結果そうなったのか、そういう数字の背後にある情報は彼らにとって存在しないものなのである。

それはそういう情報が実際に存在しないから存在しないと彼らは考えるわけではない。彼らはデータの数値処理という自分の技法に取り憑かれており、その他の方法で考えることを拒否したいために背後の情報は存在しないことにしているのである。

そしてそのデータ処理の結果はどうなったか? 彼らの結論は「市場は予測できない」そして「自分には予測できないから他人にも予測できない」である。そもそも、ダリオ氏を呼んで1時間も話をしながら彼の仕事が「公表されているデータを指摘するだけ」だと本気で思っているならばどうかしているのではないか?

結論

突っ込みどころを探せばきりがないが、様々な因果関係に従って動いている人々の行動の結果であるGDPがランダムだという奇天烈な結果に行き着いて彼らは何故疑問に思わないのだろうか。

このように、効率的市場仮説は完全に間違った一部の人々の信仰であり、インフレ主義とともに経済界の二大宗教だと言えるだろう。

この司会者は話の途中で「市場は将来を予測するための仕組みを持っており、その仕組みに勝つことは難しい」と言っている。司会者が付け加え忘れたのは、「誰にとって難しいのか」という主語である。

余計な話をすれば、効率的市場仮説を信じている人々はほとんど例外なく自身が市場を予測できない人であり、「誰も市場を予測することなどできない」と言ってくれるこの宗教は彼らにとって心のやすらぎになっているのである。世の中には様々な人がいるものである。