ここでは何度かスイスとその通貨スイスフランについて取り上げている。財政赤字を垂れ流しながら現金給付を行なったアメリカで物価高騰が止まらなくなりつつあり、脱炭素によるエネルギー価格高騰でも金融緩和を止めないユーロが下落している中、金融市場では比較的まともな財政を続けてきたスイスに脚光が当たっている。
財政堅牢なスイス
欧米と一口に言っても国によって全然違うということだ。アメリカとヨーロッパの状況はこれまで書いてきた通りである。
特に自国通貨ドルが基軸通貨であるため、どれだけ借金をしてもなかなか通貨が下落しないアメリカは、遠慮なく双子の赤字(財政赤字と経常赤字)を垂れ流し続けた。インフレはなかなか来なかったが、ついに現れ、そして止まらなくなっている。
しかしスイスは違った。コロナ前の2019年までは長らく財政黒字を積み上げ、2020年には流石にコロナで財政赤味になったが、2020年までの5年間の財政収支は黒字である。2021年も赤字になりそうだが、スイス政府は2022年には財政が再び黒字になることを予想している。
普段は黒字を積み上げ、危機になった時にそれを使う。それがスイス政府とそれを支持するスイス人の方針である。赤字を垂れ流してでも票田に金をばら撒きたい政治家たちと、そうした政治家を支持した愚かな有権者のお陰で、こうした普通のことが珍しくなってしまった。
金融市場の復讐
しかし金融市場はそうした人々に対して容赦がない。もはやリフレという言葉も死語になりつつあるが、紙幣印刷は最終的に物価高騰をもたらし、その国の通貨を暴落させる。一方で健全な財政を持つ国の通貨は相対的に上昇するだろう。
ではスイスの通貨スイスフランの動向がどうなっているのかと言えば、次のようになっている。以下はユーロスイスフランのチャートで、下方向がユーロ安スイスフラン高である。
何故ユーロと比べたかと言えば、ユーロ圏のど真ん中にあるスイスはユーロの動向に影響されやすく、スイスフラン自体が堅牢でもユーロが下がれば下がってしまうことがあるが、ユーロとの比較であればスイスフランの強さが確認できるからである。ここでは何度も取り上げているが、スイスフランの上昇に賭けるならばユーロスイスフランの空売りということになる。
一方、スイスフランの上昇は周りのユーロ圏諸国との物価格差を広げ、スイスの輸出業や観光業に影響が出る。そこである程度は許容していた中央銀行が動いた。
スイス国立銀行の介入
為替市場でスイスフランが上昇していることを受け、スイス国立銀行のメクラー理事は次のように発言した。
必要であればいつでも為替市場に介入する準備がある。
特定の為替レートを目標にするわけではなく、ユーロやドルに対していくらまでと定めるわけではないが、われわれは為替市場とその実体経済への影響を非常に注意深く観察している。
即座に介入するわけではないが、とりあえず釘を差しておくということだろう。中央銀行の人間として普通の発言に見えるが、この発言を聞いてニヤリとした読者はなかなか通である。
メクラー氏は何故わざわざ「ユーロやドルに対して目標値を定めるわけではない」と言ったのか? それは以前目標を設定して痛い目を見ているからである。
2015年1月、為替市場でスイスフランがいきなり30%急騰した。当時のチャートがこれである。
なかなか見られないチャートである。当時、スイス国立銀行はユーロスイスフランが1.2以下に下落(スイスフランが上昇)しないよう下限を儲けていたが、とうとう耐えられなくなり突如下限を撤廃したのである。自国通貨の下落が止まらないトルコとまったく逆の展開ということになる。
上方向にも下方向にも為替市場を人為的に歪め続けることは出来ないということだ。金融緩和を続ければ長期的には通貨は必ず下落する。それは下落する側の国(ユーロ圏)にも上昇する側の国(スイス)にも止められないのである。
結論
ということで、メクラー氏の発言は釘は刺してはおくがスイスフランショックの再来になるような介入は出来ないという、スイス国立銀行の半ば諦めたムードを表している。
ユーロスイスフランはユーロ圏が緩和や借金に頼るのを止められず、スイス国民の金銭感覚がまともである限り長期的に下落し続ける。
市場はたまにユーロ圏が健全な経済成長を実現できるのではないかという幻想に騙され、ユーロが短中期的に上昇することがある。あるいはスイス国立銀行の介入で短期的にはスイスフランが下落することもあるかもしれない。
しかしそういう時はむしろ投資家にはチャンスである。国民性はそう簡単に変わるものではない。だからユーロスイスフランの下落トレンドも長期的にはほとんど確実に変わることはないだろう。
また、今後の株価暴落を気にしている投資家には、ユーロスイスフランの空売りはヘッジの役割を果たしてくれるだろう。そういった意味でもこのポジションは便利なのである。