アメリカの元財務長官でマクロ経済学者のラリー・サマーズ氏がThe Washington Postへの寄稿でアメリカのインフレとFed(連邦準備制度)の金融政策について語っている。
「インフレは一時的」
物価が世界的に高騰している。アメリカはテーパリング(量的緩和縮小)から利上げへの動きを見せている一方で、ECB(欧州中央銀行)のラガルド議長は「インフレは一時的」と主張、ユーロが急落している様子をお伝えした。
この「インフレは一時的」というフレーズはFed(連邦準備制度)のパウエル議長が使い始めて有名になったものだ。この見方についてサマーズ氏は次のように見えている。
Fedのジェローム・H・パウエル議長は8月後半のジャクソンホールでの講演で、中央銀行と政権の政策の下敷きとなっていた「インフレは一時的」という当時流行っていた見方について、5本の柱を論拠に立てた、明確かつ包括的で権威ある声明を発表した。
現在、その5本の柱は最大限控えめに言ってもぐらついている。
こう言っては何だが、パウエル氏が少し可愛そうである。インフレが一時的ではないことは誰もが分かっていた。恐らくパウエル氏自身も分かっていたのではないか。
2018年に自分の金融引き締めで世界同時株安を引き起こしたパウエル氏は、それでも引き締めをやりたくなかったのである。だから一時しのぎで「インフレは一時的」と一時的に主張したのである。本当に一時的だったのは彼の見方である。
それも致し方ないことで、サマーズ氏は恐らく世界最高のマクロ経済学者であるのに対して、パウエル氏はプライベート・エクイティファンド出身で、つまりはマクロ経済学は完全に畑違いである。それでも共和党支持者だという理由でトランプ元大統領に選ばれてしまった。完全に能力が役職に合っていないのである。
パウエル氏の5本の柱
それでもサマーズ氏は容赦なくパウエル氏の「5本の柱」を一本一本倒してゆく。彼はこう続けている。
先ず第一に、価格上昇は限られたセクターのみの話だという主張があったが、それはもはや事実ではない。10月の食品とエネルギーを除く商品価格は年率で12%以上上昇した。
インフレは波及する。原油価格が上がるだけで、ガソリンや電力価格が上がるだけではなく、化学繊維で作られた衣料やプラスチック製品など様々なものの価格が直接に影響を受ける。そうすればそれらに影響を受ける他のものが上がり始める。インフレとはそういうものなのである。
第二に、パウエル氏は中古車や、より広く耐久財全般など鍵となるセクターでのインフレはいずれ収まり下落を始めると言っていた。10月の中古車価格は年率で30%以上加速し、新車は17%、家具は年率で10%を上回った。
中古車価格の上昇は東南アジアなどの半導体の工場がコロナで操業停止に陥っていることが主な原因である。コロナが一時的でなければ、半導体不足も一時的ではない。
第三に、講演では「賃金の上昇が過剰なインフレをもたらす脅威になる証拠はほとんどない」と指摘されている。この主張は求人数や離職率が記録的な高さとなり、ファーストフードから投資銀行まであらゆる業種で職を変えた人が2桁パーセントの給与上昇を得、雇用コスト指数が不気味な上昇を見せている今、擁護不可能である。
「証拠はない」というのは便利な言葉である。コロナ初期には人対人の感染の証拠はほとんどなかったし、ワクチン接種直後の死亡とワクチン接種が関連している証拠もほとんどなかったのだろう。西洋人によれば、マスクはくしゃみが外に出ることを阻むという証拠もほとんどなかったのである。
にもかかわらず、インフレが一時的であるという証拠と、mRNAワクチンが10年後も悪影響を及ぼさないという証拠はあるらしい。きっとGO TOトラベルが感染拡大をもたらさないという証拠もあるのだろう。はっきり言えば、人間は証拠に基づいて物事を決めているのではないのである。
第四に、パウエル氏は世界的なデフレトレンドを強調した。まさにその週にアメリカでは30年来で最大のインフレ加速が明らかになり、日本、中国、ドイツも10年来で一番のインフレを発表した。そしてインフレを決定する世界でもっとも重要な要素である原油価格は高騰しており、市場ではそれが大きく下がるとは織り込まれていない。
原油価格の高騰は脱炭素政策が化石燃料の生産を無理矢理抑制したことに起因している。脱炭素政策が一時的でなければ、インフレがどうして一時的になるだろうか。このことについてもサマーズ氏は以前詳しく解説していたし、ファンドマネージャーらも同じことを指摘している。
結論
インフレは本物の専門家にとっては去年から分かりきっていたことだった。以下のジェフリー・ガンドラック氏の記事が去年の3月のものだということが信じられるだろうか。
その原因は現金給付と脱炭素政策であり、はっきり言ってこれは人災である。
そしてサマーズ氏によれば、これは予期せぬ副作用を生むようだ。
過剰なインフレと、それが制御されていないという感覚は、リチャード・ニクソンとロナルド・レーガンを当選させた。そしてそれは同じようにドナルド・トランプを再選させるリスクを生むだろう。
インフレがトランプ氏再選を生むかどうかは分からないが、しかし株価暴落を生むことは間違いなさそうである。金融引き締めが株価を崩壊させた2018年の二の舞である。