アメリカの元財務長官でマクロ経済学者のラリー・サマーズ氏が中国最大級の不動産ディベロッパー恒大集団の倒産危機についてBloombergのインタビューでコメントしている。資産運用業界の人間が耳を傾けるほとんど唯一の経済学者は、やはりこの問題を的確に分析しているようだ。
リーマンショックの再来ではない
サマーズ氏はまず恒大集団の債券が元々安値で取引されていたという事実を指摘する。
恒大集団の負債は問題がニュースになる前から額面1ドルに対して25セントで売買されていた。だから恒大集団が問題を抱えているということは元々多くの人に知られていた訳だ。
だからこの話は急なものではないということだ。そしてサマーズ氏はこの問題がリーマンショックと同じではないと指摘する。
これはリーマンショックの再来ではなく、中国で連鎖的な金融危機が起きるわけではない。
「リーマンショックと同じではない」という主張は以下の記事で伝えた世界最大のヘッジファンドを運用するレイ・ダリオ氏と同じである。
ダリオ氏はこの問題を重要視しない態度を示していた。
勿論これはリーマンショックとは別種の危機である。しかしだからこそ「これはリーマンショックではない」という言葉は全く意味を持たない。だからこの記事では次のように書いておいた。
ダリオ氏の言う通り、恒大集団のデフォルト危機はリーマンショックとは別の経済危機である。しかしだから何だと言うのだろうか。リーマンショックではなくブラックマンデーだったら良いのだろうか。
しかし膨大な中国関連のポジションを抱えているダリオ氏とは違い、サマーズ氏は経済学者であり、この疑問にも答えてくれるようだ。サマーズ氏は次のように続けている。
しかしだから何も問題がないと言っているのではない。
この問題を重要視するというのが正しい姿勢だ。似た状況は例えば2007年8月のアメリカ、イギリスのNorthern Rock銀行、あるいはバブル崩壊後に日本が抱えた問題などだろう。金融システムの崩壊のような事態とは違う。
リーマンショックではなく日本のバブル崩壊
金融システムを通じた経済危機がリーマンショックである。一方恒大集団の問題は、中国のGDP2%に匹敵する負債を抱えたこの不動産会社が、負債を返すためにGDP1%以上と予想される手持ちの不動産を投げ売りして起こる不動産危機である。
この状況を例えるためにサマーズ氏は3つの例を挙げている。アメリカの2007年8月というのは、フランスの銀行であるBNPパリバがサブプライムローンを証券化した金融商品を凍結、資金の引き出しに応じないと宣言した日付である。当時、サブプライムローンは安全な投資商品だと考えられており、この日をきっかけに投資家がサブプライムローンを見る目が変わった。
恐らくサマーズ氏は恒大集団に投資家が集まって資金を返せと訴えている状況とBNPパリバの事件を重ねているのだろう。
今回におけるサブプライムローンとは、つまり恒大集団の売っている理財商品である。
実際、サブプライムローンへの懐疑的な目はBNPパリバの件から始まり、イギリスに飛び火してNorthern Rock銀行で取り付け騒ぎが起きた。だからサマーズ氏はNorthern Rockを2番目に挙げているのである。
だからサマーズ氏が「これはリーマンショックの再来ではない」と言う時、彼は「これは2007年から2008年の経済危機ではない」と言っているのではない。リーマンブラザーズの破綻から始まる金融システムの破綻(リーマンショック)は起こらないが、その原因になった不動産と、不動産への融資バブルの崩壊(サブプライムローン危機)は起こっていると言っているのである。リーマンショックとサブプライムローン危機はそれぞれ別の問題である。
日本のバブル崩壊
そしてサマーズ氏が3番目に挙げているのが1989年の日本のバブル崩壊である。
当時も不動産のバブルだった。もう知らない読者が大半だろうが、日本でも土地の価格は下がらないと言われていた。だから今の中国の状況を見ると当時の日本を思い出すのである。
今、中国人は不動産とは価格が下がらないものだと思って不動産を買っている。立派な不動産を買えばあとは不動産が人生を支えてくれると思っている。不動産の価格上昇をあてにして人生設計をした10億人以上の人々が不動産価格の暴落を目の当たりにする時、彼らの消費はどうなるだろうか。日本人がバブル期の生活を一生続けられなかったように、中国人の消費も著しく冷え込むのではないか。
サマーズ氏はその問いにも答えている。
不動産に依存して作られた中国の成長モデルに大きなひずみが生まれるだろう。莫大な損失が生まれて、それをどう配分するかを考えなければならなくなるだろう。
そうなれば、これまで非常に大きく不動産に依存してきた中国経済を成長させるという仕事がいっそう困難になる。
恒大集団の件は問題の兆候であって問題の原因ではない。しかしこれが極めて深刻な問題の兆候であることは確かだ。
そしてサマーズ氏はこの問題が中国の不動産市場だけの話に留まるのか、それとも問題が他のところにも波及してゆくのかについて聞かれ、次のように答えている。
不動産の問題が特定の業界の問題として他に飛び火しないことはほとんど有り得ない。わたしの感覚は、人々はこの問題について最大限守りに入るべきだと告げている。
中国で何が起きているのかについて完全な情報を持っている人は誰もいない。少なくともわたしは持っていない。そしてわたしの金融における経験で言えば、まだ知られていない情報は通常知られている情報よりも悪い。
結論
サマーズ氏は恒大集団の問題について言うべきことをすべて言ってしまった気がする。筆者はこれらすべてに同意している。
あえて言えば、中国ではいま環境への配慮から環境に悪い発電への締め付けを行なったため深刻な電力不足に陥っており、不動産の問題に加えてそれが中国経済の重しになるということだろうか。日本も西洋に押し付けられた「エコ」とやらをしっかり考える必要がある。
しかしこの電力の問題も不動産の問題も、中国共産党の政策方針を契機として起こったことであるという意味では同じ問題だと言える。このことについてもまた記事を書きたい。
投資家としての感覚を言えば、中国は大変面白い状況になってきた。筆者は既に準備を済ませている。皆が考え始める頃には考察を終わらせているというのがここの売りである。そうでなければ投資家は勝てない。
恒大集団の問題はどうなるだろうか。思い出すのは、2007年、サブプライムローン危機が起こる前に投資家ジョージ・ソロス氏が著書『ソロスは警告する』に書いていた次のコメントである。
2007年春、ついに終わりのはじまりがやって来る。住宅ローン大手のニュー・センチュリー・ファイナンシャル社が、サブプライム問題が原因で倒産したのだ。そこから先は、私のバブルのモデルでいう「黄昏の期間」である。住宅価格が下がりはじめているにもかかわらず、ゲームの終了が読み取れない参加者が、まだ大勢残っている段階だ。
どのゲームが終わったのか、読者にはちゃんと把握出来ているだろうか。当時の書物を読み返してみるのも良いかもしれない。
ソロスは警告する