ジョージ・ソロス氏、中国版リーマンショックによるバブル崩壊を警告

ジョージ・ソロス氏がFinancial Timesへの寄稿で、中国の恒大集団を中心とした不動産バブルの崩壊を警告している。大変面白い内容なので紹介したい。

中国の巨大不動産バブル

少し前の記事ではソロス氏が米国議会に圧力をかけてアメリカ人の中国投資を辞めさせようとしたことを報じた。

この記事では中国嫌いのソロス氏の政治的側面に着目して報じたが、中国投資を否とする彼の理屈の方も報じておくのがフェアだろうと思い、少し前のFinancial Timesの寄稿を引っ張り出してきた次第である。

この記事でソロス氏が注目しているのは中国の不動産バブルである。

中国は20年もの延長された不動産バブルを謳歌しているが、それも終わりが近づいている。中国最大の不動産会社である恒大集団は債務超過に陥っており、倒産の可能性がある。これは不動産市場の崩壊を生むかもしれない。

中国の不動産バブルはもう長年続いてきた長期の相場である。

それが曲がりなりにも続いてきたのは、中国の人口が増え続けたからである。不動産価格の上昇は人口の増加と相関関係がある。人が増えるということは住宅に住む人が増えるということであり、それだけ住宅の需要が増え、価格が上がるのである。

しかしソロス氏によれば、この「人口上昇→不動産価格上昇」シナリオに欠陥が生じている。ソロス氏は次のように指摘している。

根本的な原因は中国の出生率が実際には統計が示すよりもかなり低いことである。公式な数字はかなりの程度実際の人口を過大評価している。

習近平はこうした人口動態を受け継いでトップになったが、それを変えようとした彼の試みは事態をむしろ悪化させた。

しかしそれでも不動産バブルは止まらなかった。中国人や中国系の西洋人と付き合いのある人なら分かると思うが、彼らは不動産への信仰が厚い。不動産は価格が下落しないものだと思っている。バブル時代の日本人のようなものである。

恒大集団の倒産疑惑

その1つの結果が不動産最大手の恒大集団が2兆元(約30兆円)の負債を抱えて倒産しかかっていることである。

2兆元というと、恒大集団1社の負債で公表されている中国のGDPの2%に相当する金額を失うことになる。人口が水増しされているならばGDPも水増しされているだろうから、実際には中国経済のもっと大きい割合が失われることになるのだろう。

中国政府は人口問題を解決するために一人っ子政策を撤廃したが、それでも中国人は子供を持ちたがらなかった。ソロス氏によればその理由は以下のようなものである。

中流階級の家庭が子供を複数人持ちたがらないのは、子供の明るい未来を保証したいからだ。

結果として、アメリカの投資家に支援された中国企業による巨大な学習塾産業が育ってしまった。こうした営利的な学習塾会社が最近中国政府によって禁止され、ニューヨークに上場する中国企業の株が売られる重要な原因となった。

中国で学習塾が禁止されたニュースを知っている読者も多いかとも思うが、その背景はあまり報じられていないかもしれない。

そしてソロス氏が中国政府を目の敵にする理由もそこにある。中国政府は最近様々な自国の産業にムチを与えているが、ソロス氏がわざわざ教育業界をここで挙げたのは何故か。ソロス氏自身の政治的利害がそこに絡んでいるからである。

中国政府の学習塾禁止

習近平政権が学習塾の禁止と自国の産業の破壊という愚挙に出たのは何故か。一般企業による学習塾の運営を禁止するこの規制の中には、「外国の教育課程を教えることの禁止」「外国人によるリモート教育の禁止」が含まれていた。

習氏の主眼はそこにあったのである。そして周知の通り、ソロス氏こそは自分の潤沢な資金を使ってオープン・ソサエティ財団を設立し、世界中で移民政策のようなリベラル派の政治観を押し売りしようとしている張本人なのだから、この2人の折り合いが良いはずがない。

西洋人は兎に角他国の政治に口を出すことが好きである。西洋人と長らく接した経験のある人ならば、「日本人は何故くじらを食べるのか?」と聞かれた経験が一度はあるはずだ。彼らはイスラム人が豚を食べるなと言ってきたらどうするのだろうか。

こうした、特に正しいわけでもない西洋の価値観が無関係の国に無理矢理入り込むと、伝統的なグループとの対立が不可避的に生じ、他国による介入のすきが生まれる。

歴史上西洋の他国侵略がこの方法を取らなかったことがあるだろうか。これは戦国時代の「キリシタン大名」以来の西洋による伝統的手法であり、西洋はこうして他国の国民同士を争わせてきたのである。

間違った西洋 vs 間違った中国共産党

中国政府が自国がベトナムやアフガニスタンや朝鮮半島にならないための対策を講じようとしたところまでは理解できる。オリンピックやSDGsなどの事例において完全に西洋のペットになっている日本人よりはよほど気骨があるだろう。中国共産党が嫌いな中国人も多いが、この点において西洋諸国と中国共産党のどちらを支持するかと聞かれれば、彼らの多くは中国共産党と答えるはずである。

しかし一方で、習近平政権のような高圧的な政権は得てして対応を完全に間違ってしまう。ソロス氏は次のように続ける。

習氏は金融市場がどう動くかを理解していない。結果として市場の売りがかなり広がることを許してしまい、中国の世界戦略を損ね始めた。

そして金融市場の混乱は続いている。自国のIT企業への懲罰や、ゲーム産業への強烈な規制など、自国の産業を壊すことでしか中国共産党は権力を保てなくなっているかのようである。

その一番の象徴が中国のGDP2%分の負債を抱えた恒大集団だろう。

9月13日のロイターの報道によれば、100人程度の投資家が恒大集団の本社に押しかけ、資金の返却を求めて抗議を行なったという。恒大集団の株価はまさに流れ落ちる滝のようになっている。

恒大集団が破綻すれば単なる企業の破綻というだけの話ではなく、何十年も続いた中国人の不動産神話にとどめを刺してしまうかもしれない。そして中国の不動産バブル崩壊となれば、もはや中国だけの話ではなくなってしまうのである。

結論

習氏はこの危機に対処することが出来るだろうか? この状況はまさに30年前の日本のバブル崩壊時と同じ状況であると言える。

日本のバブル崩壊の少し前、ソロス氏は著書『ソロスの錬金術』で次のように述べていた。

この規模のバブルが爆発することなく軟着陸に成功した例は過去にない。当局は日本の債券市場の暴落を防ぐことはできなかったものの、株の暴落を阻止することはできるかもしれない。持続的な円高が当局に味方している。

もし当局が成功すれば、史上初の出来事になる。つまり、金融市場が社会の利益のために操作される新しい時代の幕開けとなる。

興味深いことに当時ソロス氏は日本の巨大バブルの先行きを完全に読み間違っていた。

しかし恐らく当時の失敗からか、今回の中国バブルは軟着陸できないと踏んでいるようである。

以上、今回は中国市場に関するソロス氏の論理的な部分の見解を紹介した。個人の政治的感情も大いに入っているが、同時にソロス氏の洞察には老練した投資家としての優れた見解が含まれている。

これが91歳の知性だと信じられるだろうか。卓越した知性と政治への個人的執着が高度に複雑に混ざり合っている。その適切な評価さえも難しいが、間違いなくソロス氏は戦後の大人物の1人なのである。

また、中国のGDP2%を巻き添えにする恒大集団の破綻は金融市場に少なからぬ混乱をもたらすはずである。各自シートベルトのようなポジションを持っておくべきだろう。筆者のポジションで言えばドル円がそれにあたる。

あるいは短期的な損益を気にしないならば以下の記事で紹介した米国債のトレードも良いだろう。


ソロスの錬金術