世界最大のヘッジファンド: 市場下落なしに緩和縮小はできない

世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏がBloombergのインタビューで、アメリカの金融緩和について非常に面白いことを語っているので紹介したい。

インフレは懸念すべきか

現在、アメリカではインフレが起こっている。金融市場ではそれを懸念して去年から金属や穀物などのコモディティが上昇しているし、その後は市場の懸念通りCPI(消費者物価指数)の上昇も始まった。

それでこれまではインフレを無視していたFed(連邦準備制度)のパウエル議長も先日のFOMC会合で利上げと量的緩和をほのめかさなければならなくなった。

では現在のインフレは懸念すべきなのだろうか? ダリオ氏は次のように語っている。

インフレにはいくつかの種類がある。個人的には、需要が供給を圧迫するタイプの古典的なインフレに関しては特に心配していない。

ダリオ氏は、アメリカで大規模に行われた現金給付が消費者の需要を喚起し、一時的に供給が対応出来ないことで起こるインフレについてあまり心配していないのだという。彼はこう続ける。

GDPの10%が金融資産として蓄えられていて、それが出てくることになる。だから需要が大きく持ち上げられ、物価がかなり上昇することは有り得るだろう。

しかしインフレが3%になるとか、経済の落ち込みからの反発があるとか、そういうものについて心配したり興奮したりしている訳ではない。

中央銀行は2%のインフレを目標にしているが、それが3%になる可能性があることをダリオ氏は認めながらも、最大の問題はそこにはないという。

大量に発行される米国債

ではダリオ氏の懸念とは何なのだろうか。彼はこう述べている。

本当の問題は、債券の需給について問題があるということだ。

米国政府はこれから大量の国債を世界の債券の買い手に対して売らなければならなくなる。しかし米国債の金利は低い。実質金利はマイナスだ。彼らは既に米国債を大量に持っているのに、更に大量に買わなければならない。

コロナ禍における本当の問題は、現在の景気回復が莫大な政府債務の増加とそれに伴う国債の発行に依存していること、そしてそれを続けなければ今の回復は維持できないということである。ジェフリー・ガンドラック氏が言っていた問題である。

したがって米国債は今後も大量に発行され、市場に売られてゆく。しかしダリオ氏が言うには、その国債には魅力がない。金利が付かないからである。そしてその米国債は他の魅力的な資産と競争しなければならなくなる。ダリオ氏は次のように述べる。

この状況下で、中国の金融市場やその他の金融市場の魅力が上昇している。これは米国債に需給の問題を引き起こし、貨幣インフレに繋がるだろう。

ダリオ氏が言っているのは人民元建ての債券のことである。中国では量的緩和が行われておらず、債券には普通に金利が付いている。そして人民元はと言えば、コロナから早く立ち直った中国経済を反映してここ1年で上昇している。以下はドル人民元のチャートであり、下方向がドル安人民元高である。

人民元建ての資産については以下の記事でダリオ氏の説明を纏めてあるのでそちらを参考にしてもらいたい。

しかしここでダリオ氏が言いたいのは、ドルにも米国債にも魅力がない状態で誰が米国債を買うのかということである。そして誰も買わなければ、それはもう中央銀行が買うしかない。

しかしその中央銀行は緩和を縮小すると言い始めた。この矛盾はどうなるのか? ダリオ氏は次のように主張する。

米国債に十分な需要はないだろう。だから中央銀行は量的緩和を縮小できない。それどころか金利上昇を食い止めるために量的緩和を拡大しなければならなくなる可能性すらある。それこそが古典的な貨幣インフレで、短期的な物価上昇よりそちらを心配している。

ダリオ氏の懸念はここにある。米国債に大量の需給の問題がある状況下で中央銀行が緩和を縮小できるのか? そして実際に金融市場は緩和縮小に動揺した。ダリオ氏はこう続ける。

Fedが緩和縮小をほのめかしただけで市場がどう反応したか見ただろう。市場が大きくネガティブに反応することなしに大した引き締めをすることは出来ないだろう。

この主張は債券投資家であるスコット・マイナード氏の主張と同じである。マイナード氏はご丁寧にも中央銀行は15%以上の株価下落は許容しないだろうと述べ、今後の下げ幅についても説明してくれている。

ダリオ氏もマイナード氏も金融業界における最も優れた人物だが、それらの著名投資家は中央銀行が最後には緩和を拡大しなければならなくなるところまで既に見透かしている。

しかし国債の動向については意見の相違があるようだ。マイナード氏は米国債に強気の発言をしていたので、興味のある読者は上記の記事を見直してもらいたい。