ポール・チューダー・ジョーンズ氏: 中銀がインフレ無視なら物価高騰シナリオに全賭け

ブラックマンデーを予想したことで有名な投資家ポール・チューダー・ジョーンズ氏がCNBCのインタビューでインフレについて語っている。

インフレは一時的か

最近発表されたCPI(消費者物価指数)については債券投資家のスコット・マイナード氏ら識者からインフレが一時的であることを示す証拠であるとの論が出ている。

一方で同じく債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏や経済学者のラリー・サマーズ氏らはインフレを警戒すべきだとの意見を継続している。

世界最高の頭脳の中でも意見が割れている。そしてジョーンズ氏は後者に加わったようである。

米国時間6月16日にはCPIの数字が発表されてから初めてのFOMC会合(金融政策決定会合)が開かれる。アメリカの中央銀行であるFed(連邦準備制度)が上昇する物価についての意見を表明するだろう。この会合についてジョーンズ氏は次のように述べている。

もしFedがインフレの数字を無視するなら、あらゆるインフレトレードに大きく賭ける青信号が出たということだと思う。

もし彼らが「すべて順調で予定通りだ」と言うならば、わたしはインフレトレードに全賭けするだろう。コモディティを買い、暗号通貨を買い、ゴールドを買うだろう。

実は小さいコモディティ市場

ジョーンズ氏は機関投資家による金属や穀物などコモディティへの投資がまだ本格的に行われていないことを指摘する。

資産運用会社によって運用されている88兆ドルのうち、6,700億ドルがコモディティ指数に投資されている。資金全体のおよそ0.75%に過ぎない。

2011年にインフレは3%で天井となったが、その時に彼らは1.2%をコモディティ指数に投資していた。あと4,000億ドルが今同じように投資されるならば、コモディティ指数は2倍か3倍になるだろう。

ジョーンズ氏はこう続ける。

資産運用会社の動向を見ていれば、彼らは本来投資すべき場所に投資していない。恐らくはFedが「インフレは一時的だ」という保証を与えているからかもしれない。

結果としてコモディティ市場には大量の空売りが存在している。大量の空売りだ。

ジョーンズ氏によれば資産運用会社はコモディティ投資に及び腰だという。ここの読者にとっては意外なのではないか。

恐らくここでは世界最高の投資家の意見ばかりを紹介し過ぎているのかもしれない。Fedのパウエル議長の「インフレは一時的」に対して、ガンドラック氏が「そんなことが彼らにどうやったら分かるんだ?」と噛み付いている姿ばかりを見すぎているのかもしれない。わたしや彼らやここの読者がマクロ経済の素人であるパウエル氏の発言をまともに取り上げることはないだろう。

しかし平均的な資産運用会社は恐らくパウエル氏の発言をわれわれよりはまともに受け取るのではないか。結果として機関投資家の間ではコモディティに対する過小評価が存在するのかもしれない。ジョーンズ氏の言っているのはそういうことである。

しかし彼らが自体の深刻さに気付き始め、インフレを避けるためにコモディティ市場に殺到したらどうなるか? ジョーンズ氏は次のように続ける。

様々なコモディティ銘柄の出来高を見ると、どれもすべて極端に薄い。どれも極端に薄いんだ。

もしそこに機関投資家の資金があるべき水準まで戻ったとしたらどうなるだろう?

日本の読者がコモディティ市場の規模にどれほど馴染みがあるかは分からないが、ゴールドやシルバーなど一部を除けばコモディティ市場は比較的小さい市場である。参考のために各種銘柄の時価総額を載せてみよう。

  • 金: 12兆ドル
  • Apple: 2兆ドル
  • Amazon: 2兆ドル
  • 銀: 2兆ドル
  • Facebook: 9,649億ドル
  • Visa: 5,151億ドル
  • パラジウム: 4,825億ドル
  • P&G: 3.303億ドル
  • プラチナ: 2,918億ドル
  • トヨタ自動車: 2,508億ドル

金や銀などでも大企業1社分の時価総額に過ぎない。そしてコモディティ市場は株式市場に比べて極端に銘柄数が少ない。

そして大豆やコーン、砂糖などの先物市場は金や銀よりも更に市場規模が小さい。Bridgewaterのレイ・ダリオ氏がインフレを避けるための資産の逃避先としてビットコインが高騰した理由について次のように言っていたのを思い出したい。

信用創造と紙幣印刷が横行し、今後も起こり続ける現代においてはゴールドの代わりになる何らかの資産への需要が増大しているにもかかわらず、そうした資産は多くは存在していない。

世界中がインフレの脅威に気付き始めた時、これらの狭い市場に大量の資金が押し寄せればどうなるだろうか? マイナード氏はゴールドは指数関数的に上がると言っていた。ジョーンズ氏も同じことが言いたいのだろう。

結論

一方でジョーンズ氏はインフレトレードに全賭けするには米国時間16日のFOMC会合を待たなければならないと言う。彼の現状のスタンスは次のようなものである。

今分かっていることは、ポートフォリオの5%をゴールド、5%をビットコイン、5%を現金、5%をコモディティで持ちたいということだ。残りの80%を何で持ちたいかはFedがどうするかを見るまで分からない。

しかし現状挙げられた20%のうち現金以外の15%はすべてインフレトレードである。ジョーンズ氏としては全賭けしたいのだが、「青信号」を待っているということだろう。

一方で仮にFedが緩和にブレーキを踏むとどうなるだろうか。彼は次のように見える。

彼らがもし正しい道を進むならば、彼らが「データは揃った、緩和の使命は終わった、完全雇用の使命達成にかなり近づいている」と言うならば、その場合はテーパータントラム(緩和縮小による市場急落)が起きるだろう。債券は売られ、株式市場は調整に入るだろう。

しかしジョーンズ氏はそのシナリオは信じていないように見える。筆者も信じていない。パウエル氏は単に引き締め後の株価急落の責任を取りたくないという理由で緩和を続けるだろう。

緩和で物価高騰か、引き締めで株価急落か。他のシナリオは存在しないようである。しかしその二択に実際に直面するまでは人々は緩和ですべてが上手く行っているように感じるだろう。

現金は撒くが責任は取らない中央銀行と結果がどうなっても現金を撒いてほしい有権者の組み合わせの結果はいつもデッドエンドである。お似合いのカップルではないか。