トルコのエルドアン大統領は3月20日、利上げを推進していたアーバル総裁を更迭し、そのニュースを受けた為替市場ではトルコリラが一時10%以上急落した。アーバル総裁はインフレを退治するために利上げを継続しようとしていた。
正直に言えば笑ってしまった。エルドアン大統領はやはり我慢できなかったのである。そしてインフレを退治する金融家は政治家に排除されるという好例である。
苦い薬でも飲むと言ったエルドアン大統領
トルコではインフレが進んでいる。アメリカではコロナ対策で過剰な資金が経済に流入したことによってインフレになっているが、トルコではコロナの前からインフレが問題となっていた。
トルコのインフレ率(前年同月比)は次のように推移している。
2018年頃から始まっているインフレは25%ものインフレ加速に達しているが、これは当時の中銀総裁チェティンカヤ氏の利上げによって一度10%以下まで抑えられた。しかしチェティンカヤ氏は結果として更迭処分となっている。
インフレ率に政策金利のチャートを重ねると次のようになる。
チェティンカヤ氏が奮闘した形跡が見られるだろう。しかし彼は更迭されてしまった。そして次に総裁となったウイサル氏はエルドアン大統領の期待に応え、利下げを行なってトルコリラを暴落させた結果同じくエルドアン大統領に更迭されている。
それで2020年11月に就任したアーバル氏はリラの暴落を阻止するため利上げをして更迭されたのである。もう無茶苦茶である。とりあえずはドルリラ(USDTRY)のチャートを見てみよう。ドル円と同じく上方向がドル高、リラ安である。
コロナ禍の年となった2020年、コロナによる景気後退を支えるためチェティンカヤ氏は金利を低く保とうとしたが、結果として為替市場ではドル高リラ安が進行。チェティンカヤ氏は11月に更迭され、エルドアン大統領も「苦い薬でも飲む」と言って利上げを受け入れる姿勢を示した。
しかし「高金利は悪」「インフレは利下げで解決できる」が持論のエルドアン大統領が長期の利上げに我慢できるわけがないと筆者は内心思っていた。「インフレは利下げで解決できる」。きっと豚でも空を飛べるだろう。
やっぱり我慢できなかったエルドアン大統領
11月に新しく就任したアーバル氏は利上げを行なった。金利が高い通貨には買いが集まるので、ドルリラのチャートも11月に反転している。少なくともトルコリラの暴落は止まったように思える。
しかし元々ガタガタだったトルコ経済はコロナで疲弊している。失業率は13%を超えている。利下げをしてインフレを起こせば見た目上の経済回復は得られる。リラが20%下落してGDPが20%上昇すれば人々はリッチになったような気がする。
結局エルドアン大統領の「禁酒」は数ヶ月も続かなかった。ギャンブルが止められない中高年のようなものである。アーバル氏は更迭され、後任には「利上げはインフレをもたらす」と主張するカブジュオール氏が就任した。多分トルコリラは、というかトルコ経済はもう駄目だろう。貯金のない国の経済のコロナ禍における当然の帰結である。
ドルの運命
高いインフレ率、利上げ出来ない中央銀行、失業者のあふれる労働市場、暴落する通貨、それがトルコ経済の現実である。そしてそう書いて思い出すのがアメリカで進んでいるインフレのことである。
日本は莫大な貯金があるために一時の経済停滞も致命的にはなっていないが、貯金がないのはトルコ人もアメリカ人も同じである。そしてどれだけ紙幣を刷ってもインフレにならないことだけが先進国の頼みの綱だったが、アメリカではそれももう失われてしまった。
トルコに起こり、アメリカにこれから起こることがいずれ日本にも起こるだろう。国民の大半は最後の瞬間までインフレ政策がペテンだということなど思いも至らないだろう。賢明な人だけがハイエクを読む。
そしてハイエクを理解する中央銀行家のいるイギリスは幸運である。よく更迭されないものである。
貨幣論集