珍しいことに世界最大のヘッジファンドBridgewaterを運用するレイ・ダリオ氏がビットコインについてBridgewaterのホームページ上で記事を書いている。
ダリオ氏、ビットコインを語る
コロナ禍において株価を含む様々な資産価格が上昇したが、その中でも突出して上げ幅が大きいのがビットコインである。ビットコイン価格のチャートは次のようになっている。
コロナ相場初期の底値から6倍になった。
ビットコインについてダリオ氏はどう語るだろうか。ダリオ氏は次のように述べている。
ビットコインは素晴らしい発明だと思っている。コンピュータにプログラムされたシステムに基づく新しいお金を発明し、それがある種の貨幣として、そして富の貯蓄手段として急速に人気を高めながら10年ほどの間機能しているというのは驚くべき成果だ。
ベタ褒めである。実際、ビットコインを発明したサトシ・ナカモト氏の論文はかなり卓越したものだ。ビットコイン賛成派と反対派のどれだけがこの論文を読んだだろうか。論文はここから入手できる。原文は英語で、筆者は読んでいないが日本語版もあるようである。
一方で通貨としてのビットコインをダリオ氏はどう評価するだろうか。ダリオ氏は次のように続ける。
一方で当然それは信用に基づく既存の通貨システムと同じように一種の錬金術である。ほとんど何もないところから貨幣を創造している。
1350年頃のメディチ家に始まり信用創造が銀行家を裕福にし続けているように、ビットコインは投資家と早期の参加者を大金持ちにしている。
ビットコインで多くの人が大金持ちになっているが、ダリオ氏はそれを無から生み出された富だと言う。しかしダリオ氏が広く使われている紙幣もまたビットコインと同じく錬金術だと言っていることに注目したい。
優れた金融家であれば誰もが理解するだろうが、信用創造とは本質的にそういうものなのである。金融の本質を知らない人間だけが紙幣を有難がりながらビットコインを否認する。それらは同じものである。片方を持ち上げて片方を貶める根拠は一切存在しない。
ビットコインは何故使われるのか
しかしビットコイン自体に本質的な価値がないことは単なる事実である。ビットコインはデータの集まりに過ぎないが、ではビットコインは何故買われるのか。ダリオ氏は次のように続ける。
信用創造と紙幣印刷が横行し、今後も起こり続ける現代においてはゴールドの代わりになる何らかの資産への需要が増大しているにもかかわらず、そうした資産は多くは存在していない。
日本やアメリカを含め世界中の政府が紙幣を節操なく印刷し続けている。数が増えれば1つあたりの価値が薄まるのだから、そのコストを払うのは紙幣を持っている人々である。
そのコストは増大する税金として支払うことになるのか、インフレによる貯蓄の実質的な目減りによって支払うことになるのかは大した問題ではないだろう。日本で起こっているのは前者であり、アメリカで起こっているのは後者である。日本の所得税と社会保険料と消費税を足し合わせると何十パーセントになるのか、計算したことのある人はいるだろうか。給与所得者の懐にはほとんど何も残っていないのである。
日本政府のほうが徴収者としては正しい選択をしているのかもしれない。徴税は避けられないが、インフレは避けられるからである。インフレを避けるためには法定通貨を捨ててゴールドやビットコインなど他の何かを買う必要がある。ダリオ氏が需要というのはそういう需要である。
また、ダリオ氏によればビットコインにはもう1つの需要があるという。
現在世界中で起きていることを考えれば、富の貯蔵できる通貨のような資産への需要が増大するなかで供給が限られていることに加えて、プライベートに保有できる資産への需要もまた増大している。
ゴールドのような富の貯蔵手段で、なおかつプライバシーが守られるような資産は多くなく、その市場規模は比較的小さいため、ビットコインやその他の暗号通貨がその増大する需要を満たす可能性は十分にある。
ダリオ氏が何について語っているのか読者にはお分かりだろうか。資産に関してプライバシーを守るもので、その市場規模が比較的小さいものとは何か。プライベート・バンキングである。
プライベート・バンキング vs ビットコイン
プライベート・バンキングは富裕層を対象にその莫大な資産の秘匿と節税をアドバイスする産業であり、歴史的にはスイスが有名であった。
当然、こうした産業は政府に狙い撃ちにされる。それは貧困層に再分配するためではなく、例えばオリンピック・スタジアムを建設するためである。(そもそも富の再分配も実際には強奪だが、それはここでは置いておこう。)
政府に狙い撃ちにされるがゆえにプライベート・バンキング業界は顧客を極一部の富裕層に絞り細々とやってきた。しかし実際にスイスのプライベート・バンキング業界はアメリカのIRS(日本の国税局に相当)に狙い撃ちにされて実質的に消滅した。以下の記事で説明している。
ダリオ氏はこれら2つの需要、つまり富の貯蔵手段と秘匿手段としてビットコインは実際の需要があると主張する。彼はビットコインの需要について次のように結論付けている。
ビットコインはわたしには、長続きしない極度に投機的な対象から、将来に何らかの価値をもって長続きする対象への一線を超えることに成功したように見える。
ダリオ氏はビットコインが政府から人々を守ろうとしたスイス銀行界の夢を継ぐと見ているのだろうか。それが実現するかどうか筆者には分からないが、暗号通貨と政府が本気の戦争に突入する未来がどうやら現実のものになってきた気はしている。
暗号通貨が多額の資産を秘匿するとき、それは正真正銘の戦争となる。戦争とは資金を奪うために行われてきたからである。
ダリオ氏のこの面白い投稿には続きがあるのだが、ここで一旦切ることにしよう。経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏の通貨発行自由化論も読みながら楽しみに待っていてもらいたい。