欧州にとって幸か不幸か、ドイツの政治家は経済が何も分かっていなかったようである。
6月27日、ギリシャのツィプラス首相は、債権団の要求を飲むかどうかについて、7月5日に国民投票を行うと発表した。投票においてギリシャ国民が債権団の要求を拒否した場合、ギリシャは債権団の支援を受けることが出来なくなるため、実質的には服従かデフォルトかを問う国民投票である。
余りに少ないギリシャへの見返り
問題の発端は、年金制度の改革や消費増税などを盛り込んだ債権団の要求に対して、ギリシャへの見返りが今年11月までの資金繰りの支援だけであったことである。
以前の記事では、交渉が成立すればギリシャは「延命装置に繋がれる」と皮肉って書いたが、債権団の用意していたものがたった半年の延命装置であったとなれば、ギリシャ政府の反応は当然である。
報道によれば、ギリシャは年金の支給年齢を67歳に引き上げ、負担額も増額することを提案したが、債権団は低所得者への上乗せ支給の廃止を要求した。更に、債権団は付加価値税の増税などを条件としているようである。しかしこれらの要求は、経済学の観点から正しいとは言えない。
財政赤字を悪化させる緊縮財政
先ず第一に、緊縮財政では財政赤字は解決しない。債券投資家のビル・グロス氏がTwitterで的確なコメントをしている。
緊縮財政は債務危機を未然に防ぐものであって、既に起こってしまった危機を解決するものではない。誰かメルケルに教えてやれ。
第二に、ギリシャが強い通貨で貿易し、貿易収支を悪化させるという条件を飲んだからには、ドイツは自国が必要とする以上の金融政策と財政政策という条件を飲まなければならない。
金融政策については、ドイツは飲むべき条件を飲んだ。ECB(欧州中央銀行)による量的緩和である。当時の記事で「協調への第一歩」であると書いたのはそのためである。
しかしながら、ギリシャが飲んだ通貨高による経済への下方圧力は、金融政策だけでは解決できない。経済学には次のような式がある。
- 財政収支 + 民間貯蓄 = 貿易収支 + 投資
この式では、貿易収支が政府の財政収支の反対側に位置している。即ち、貿易収支が悪化すれば財政収支も悪化する。
量的緩和をしても強すぎるユーロ
共通通貨ユーロは、量的緩和をしても尚、ギリシャには強すぎる通貨である。ドイツがギリシャの水準の通貨で生活するわけにはゆかないからである。同じ欧州でも、ユーロを採用していないポーランドやチェコ、ハンガリーなどに旅行をしてみれば、ユーロ圏よりもかなり物価が安いことに気付くはずである。
したがって、量的緩和だけでは、ギリシャが飲んだ条件は報われていない。ギリシャの貿易収支悪化による財政収支悪化は、基本的にはドイツの責任である。もう一度式を持ちだそう。
- 財政収支 + 民間貯蓄 = 貿易収支 + 投資
これをドイツの場合に当てはめると、ドイツにとって弱い通貨ユーロのために、ドイツの貿易収支はかなりの黒字となっている。このため財政収支も著しく改善しているのである。
ドイツは自国の黒字を他国に還元すべき
ユーロ圏最大の経済大国ドイツの責任は、他国の犠牲によって得たこの黒字を、他国に還元することである。
- 財政収支 + 民間貯蓄 = 貿易収支 + 投資
再び式を見れば、その方法は二通りあることが分かる。一つはギリシャに投資をすることであり、もう一つはギリシャの財政収支を直接助けること、すなわち債務減免である。
ドイツはギリシャに投資を
ギリシャへの投資というのは、ドイツ人も納得できる比較的穏健な解決策ではないかと思う。一方、ドイツ人には債務減免を行う義務があるのだが、経済学に疎い国民がそれを認めるのは難しいだろう(メルケルでさえ理解しないのだから)し、更にギリシャ側のモラルハザードを誘発する可能性がある。
以上より、個人的にはドイツがギリシャに投資を行うことが最大の解決策であるように思う。それでドイツが金を失うこともあるだろうが、それでも債務減免を行うよりは我慢ができるのではないか。
こういう理屈をドイツは結局理解しなかった。ギリシャの国民投票がデフォルトを選べば、ユーロ圏の支援なしにはユーロ圏残留はほぼ不可能となる。ユーロ圏離脱となれば、短期的にはギリシャは景気後退に陥るだろうが、長期的には弱い自国通貨ドラクマがギリシャ経済を回復させるだろう。前回の記事に書いた通りである。
結局ドイツが経済学を理解しなかったのは残念である。政治家に経済学を理解させるというのは、いつの時代も難しいのである。