ドル円が急落した。トランプ大統領が中国のすべての輸入品に対して最大5000億ドルの関税を掛けると発言したこと、そしてFed(連邦準備制度)の利上げに対して不快感を表明したことから、一時113円台まで上昇していたドル円は一気に111円台前半まで下落した。
トランプ大統領の中国との貿易戦争発言については大統領お得意の交渉の一環であり、数字を額面通り受け取ってはならないが、投資家としては利上げに対する発言は注意深く聞いておく必要がある。CNBC(原文英語)によれば、トランプ大統領は次のように述べている。
利上げに対しては快くは思っていない。一度金利を上げる度に、またもう一度金利を上げたいということになる。好ましい状況ではない。ただ、Fedが良いと思うようにやってもらうのが良いとは思っている。
ここでは大統領選挙の時から報じていることだが、トランプ大統領の周囲には著名投資家のカール・アイカーン氏らがおり、彼の金融政策についての発言は、こうした世界有数の専門家の相場観に基づいている。例えばこの発言は、前回の記事で取り上げた債券投資家ガントラック氏の発言に似ていると言えるだろう。
数年前まではFedは経済指標が改善するまで動かない姿勢を示していた。今では指標が弱くなるまで止まらない姿勢を示している。しかし指標が実際に弱くなってからでは遅すぎるのである。
トランプ大統領のこうした発言を受け、ドル円は急落した。
しかしドル円は何故急落したのだろうか? 読者はその理由を精確に挙げることが出来るだろうか? トランプ大統領は利上げを攻撃したから、アメリカの金利が下がり、結果としてドルが下がったのだろうか?
上昇したアメリカ長期金利
それがそうではないのである。トランプ大統領の発言の結果、アメリカの長期金利は実は上昇している。長期金利は前日の2.85%から2.89%まで上昇して引けている。利上げをより直接的に反映する短期金利や金利先物はほとんど動いていない。つまり、金融市場はトランプ大統領の発言で利上げが止まることを織り込んだわけではないということになる。
大統領の2つの発言のうち、どちらをより織り込んだかと言えばそれは中国との貿易戦争の方であり、市場は利上げに関してはFedがトランプ大統領の言うことを聞くとは思っていないことになる。筆者も概ね同意ではあるが、しかしパウエル議長はトランプ大統領の発言で内心助かったと思っているのではないか。何故ならば、Fedの自己申告通りここからあと6回も利上げをしては明らかに行き過ぎであり、どこかのタイミングで低金利側に方向修正しなければならないからである。
つまり、市場が利上げの頓挫を懸念してドル安となったわけではなく、貿易戦争を懸念してのリスクオフという方が正しい。しかしそれは表面上のことであり、本当の原因はこれまで説明してきている通りである。
つまり、Fedの量的引き締めが世界市場から資金を吸収し、結果として低金利通貨を用いたキャリートレードが徐々に解消された結果、円の買い戻しが起こっているのである。ドル円の空売りを宣言した記事でも書いた通りだが、これは2008年の状況と同じである。
ちなみに、空売り開始の記事では、ドル円には下落圧力はかかるが、実質金利は上昇する可能性があるとして、そのリスクをヘッジするためにTIPS(インフレ連動債)の空売りを薦めているが、ドル円の下落と同時にこのTIPSが下落(実質金利は上昇)している。参考までにTIPSのETFのチャートを載せておく。
つまり、メインのドル円の空売りだけではなく、ヘッジのポジションからも利益が出ているわけである。グローバルマクロ戦略のポートフォリオとは、このように出来ている。ヘッジも何らかの投資戦略に基づくものだからである。
上がらないドル円
2018年のトレンドは円高ドル安である。数ヶ月前の記事で説明した通り、利上げだけを考えればドル円は既に125円程度まで上昇していなければおかしいのである。だが、現実はそうなっていない。ドル円をトレードする投資家は、その事実に対する合理的な説明を持っていなければならないだろう。
因みにこの記事は5月のものであり、ドル円空売りの記事は急落直前のものである。
いつものことだが、ここではすべてを事前に書いてしまっているので、実際に市場が荒れた後に書くことは、以前の記事に書いたことを繰り返すだけである。
逆説的だが、アメリカが金融引き締めを続ける限り、ドル円には下落圧力がかかり続けるだろう。トランプ大統領の発言などが引き金にはなるかもしれないが、本質は金融引き締めである。短期的な動きにとらわれず、粛々とポートフォリオを維持してゆく。