次期議長候補ウォルシュ元理事、過去に量的緩和に反対、米国株暴落シナリオ再浮上か

Fed(連邦準備制度)がバランスシート縮小を開始するなか、イエレン議長の2018年2月の任期終了後の次期議長に関する思惑が飛び交っている。様々な名前が上がっては消えてゆく。WSJ(原文英語)の報道によれば、ゲイリー・コーン氏がトランプ氏と仲違いをして候補リストから外れた結果、元理事のケビン・ウォルシュ氏が浮上したようである。そしてこのウォルシュ氏はタカ派である。

元理事ケビン・ウォルシュ氏

WSJが報じたところによると、トランプ大統領とムニューシン財務長官はウォルシュ氏と面会し、次期議長の職について議論したという。また、この記事は同様にFedのジェローム・パウエル理事を有力候補として挙げているが、最有力はウォルシュ氏のようである。Politico(原文英語)によれば、ウォルシュ氏の義父ロナルド・ローダー氏はトランプ大統領の古い友人らしい。

ウォルシュ氏はブッシュ政権下の2006年、Fedの理事に任命された。金融政策に対する姿勢は当時よりタカ派であり、金融危機の発生した2008年には、リーマンブラザーズが破綻した2008年9月15日の直前まで、インフレ率が高まるリスクを警告し続けている。彼は2008年6月のFOMC会合(原文英語)で次のように述べている。

金融市場には微弱だが着実な改善が見られる。レバレッジ付きローン市場や高利回り債市場は市場の機能により改善に向かっている。(中略)株式市場の弱さに反して、クレジット市場は特に上向いていると言える。

読者もご存知の通り、彼の言う「改善しているクレジット市場」はリーマンショックの破綻で数ヶ月後には爆発することになる。この会合で同時にウォルシュ氏は、インフレ上昇のリスクがあるとして金融緩和に反対した。

私見によれば、インフレが高騰するリスクはアメリカ経済への主要なリスクとして引き続き支配的である。

因みにこの姿勢は危機直前に留まっていない。彼はリーマンブラザーズ破綻の翌日に開かれた9月16日のFOMC会合(原文英語)でも次のように述べている。

ドル高が輸入物価を抑制すること、エネルギーや金属や食品だけではなくコモディティ市場全体が下落していることは理解しているが、それでもわたしはまだインフレ率が上昇するという懸念を撤回する準備が出来ていない。

その通り、彼は単に準備が出来ていなかったのである。

当時、金融危機の全貌を把握出来ていなかったのはウォルシュ氏だけではない。当時サンフランシスコ連銀総裁だったイエレン現議長が適切な対応を取ることに失敗した様子も以下の記事で報じてある。

しかし今見直してみれば、ウォルシュ氏は当時の金融市場に関してほとんど何も理解していないと言える。イエレン氏は少なくとも自分が間違っている可能性を頭の片隅に置きながら話していたように感じる。しかしウォルシュ氏はそうではない。彼は完全に間違っており、そしてそれに気付いていた様子はない。

タカ派ウォルシュ氏は確信犯か?

しかし、彼のタカ派の姿勢は経済分析の結果ではなく、彼の政治的信条によるものかもしれない。量的緩和が行われ、株式市場が上昇していた2010年10月のFOMC会合で彼は次のように述べている。

株価が上昇したというのは勿論良いニュースだが、株価上昇が実体経済の進捗によるものではなく、われわれがFOMC会合で話し合っていることの結果であるとするならば、その持続可能性には疑問符が付くと言わざるを得ない。

そして量的緩和を継続しようとしたバーナンキ議長(当時)に対してこう言っている。

自分が緩和継続に賛成票を投じた決定について少し語らせてほしい。

もし自分が議長の椅子に座っていたならば、理事会をこのようには牽引しない。もし自分が議長としてここにいるメンバーを率いているとすれば、自分は多数派に反対しなければならないだろう。

4年半の間に培われたバーナンキ議長への自分の尊敬は非常に厚い。そして議長の意見が自分のものと反対であることが自分には重荷であり、量的緩和プログラムが成功する可能性についてこの重要な場で疑問を呈さなければならないのは辛いことだ。

これはFOMC会合の議事録としてはかなり感情のこもったものである。

そして投資家にとって重要なのは株価に対する言及である。株価上昇が金融緩和によって支えられたもので、実体経済に基づかないものであれば、そんなものはなかった方が良いとウォルシュ氏は言っているのである。現在、米国の実体経済がはっきり好調と言える中、ウォルシュ氏が議長になったとすれば、バランスシート縮小と利上げを推進しない理由があるだろうか?

結論

政府や中央銀行の介入を最小限に抑え、市場原理に経済を任せようというのは共和党的な「小さな政府」の考え方であり、金融業界の規制緩和を目指すトランプ大統領の方針とも一致する。

一方で、トランプ大統領は「自分は低金利が好きだ」とも発言している。低金利がなければ大量の国債発行を伴うインフラ投資政策は実現が厳しくなるだろうし、何より米国の株式市場が持たない可能性が高い。世界最大のヘッジファンドBridgewaterを運用するレイ・ダリオ氏は、Fedのバランスシート縮小開始について次のように述べていた。

中央銀行が経済成長率とインフレ率を強すぎず弱すぎない状態に保つために最適なペースで金融引き締めを行う新たな局面が始まり、それは中央銀行が失敗して経済が次の不況を迎えるまで続く

筆者はイエレン議長ならばこの舵取りを比較的上手く乗り切ってゆく可能性が高いと見ていた。しかしウォルシュ氏が最有力の議長候補になったということは、「中央銀行が失敗して次の不況を迎える」可能性が高まったということである。量的緩和バブルを長引かせずに破裂させてしまうことが誤りかどうかは経済学的に異論があるだろうが、Fedの決断が正しいかどうかにかかわらず、投資家はリスクシナリオに備える必要がある。

アイカーン氏やポールソン氏などの著名投資家とも親しいトランプ氏は、そのリスクシナリオを恐らくは把握しているはずである。それでもトランプ氏は本当にウォルシュ氏を選ぶのだろうか?