トランプ政権の財務長官で、ジョージ・ソロス氏のSoros Fund Managementを運用していたヘッジファンドマネージャーでもあるスコット・ベッセント氏と、DOGE(政府効率化省)を率いるイーロン・マスク氏が政権内で大喧嘩したらしい。
ベッセント氏とマスク氏の大喧嘩
トランプ政権は他国に対してもかなりの大喧嘩をふっかけているが、政権内でもかなりの喧嘩をやっているらしい。
世界的なヘッジファンドマネージャーであり、トランプ大統領に相場に関する助言をしているベッセント財務長官が、DOGEを率いて政府支出の削減を担当しているマスク氏と遂に衝突したらしい。
Axiosがその場に居合わせた人物の証言を次のように伝えている。
あれはかなりのおおごとだった。両方とも大声を出していた。本当に大声だった。
2人の中年の億万長者によるプロレスを見ているようだった。
何があったのか。問題のきっかけ自体はIRS(日本の国税庁にあたる)の人事らしく、マスク氏がIRS長官にゲイリー・シャープリー氏を推し、ベッセント氏がマイケル・フォールケンダー氏を推したことで揉めたという。
口論はIRS人事以外のことにも及んだようだ。Axiosは次のように伝えている。
ベッセント氏はマスク氏のDOGEが約束しているほどの政府支出削減を実現できていないと批判し、マスク氏はベッセント氏を「ソロスの手先」と呼んで「失敗したヘッジファンド」の運用者だとやり返した。
ある時点でベッセント氏が「ファックユー」と叫び、マスク氏は「もっと大声で言えよ」と応戦した。
ファックユーはともかく、感情的になった場におけるDOGEに対するベッセント氏の言葉は、彼の本音を覗かせているという点で投資家にとって重要である。
ベッセント氏は本来かなり穏やかな人物として知られ、トランプ政権の中では少なくともまともな社交術を身につけているほうだが、こういうニュースが漏れてくるのはなかなか面白い。
ベッセント財務長官と財政赤字
ベッセント氏は元々、マスク氏のDOGEによる政府支出の削減を支持していた。財政赤字を減らさなければならないという点ではマスク氏と同意するところもあり、以下の記事ではDOGEの取り組みは正しいとした上で、マスク氏との会話を親しげに明かすような場面もあった。
だが一方で、支出削減が十分ではないとの不満も心の中ではあったのだろう。
そもそもベッセント氏がそれほど財政赤字を気にしているのは、アメリカの財政が危機的な状況にあるからである。
コロナ後の金利上昇で、アメリカの莫大な政府債務には多額の利払いが発生しており、米国政府は米国債の利払いを新たな米国再発行で賄うよう自転車操業を強いられている。
米国債の発行が過剰になれば、いずれ債券市場で米国債の下落が始まる。
以下の記事でベッセント氏自身が語っていたように、ベッセント氏はそれに対処するためにトランプ大統領から財務長官に選ばれた経緯がある。
更に言えば、ベッセント氏の責務には時間制限があった。
バイデン政権の財務長官だったジャネット・イエレン氏が、コロナ直後の金利が低かった時期に、本来ならば長期国債を多く発行して利払いを長く低く抑えているべきだったものを、自分の任期中だけ長期金利を押し下げるために短期国債の大量発行に切り替えていたからである。
その結果、その時発行された大量の短期国債の満期が2025年に集中しており(次の政権に降りかかるようにセットされている辺りがいやらしい)、ベッセント氏は財務長官としてその借り換えの問題を何とかしなければならないのである。
だからベッセント氏はマスク氏のDOGEによる赤字削減にかなり期待していた一方で、思ったほどの削減になっていない現状に焦りを感じていたはずである。
ベッセント氏の不満
現状、アメリカの財政赤字は、1月から3月では去年の同時期のバイデン政権の頃よりもむしろ増えている。DOGEの削減が本格的に始まったのは3月からで、3月の財政赤字は確かにかなり減っているのだが、投資家にとってこの数字が4月以降どうなってゆくかはかなり注視しておく必要がある。
何故ならば、財政赤字の削減はそのままGDPの減少に繋がるからである。政府支出はGDPの一部であり、政府支出を減らすということは、そのままGDPを減らすということである。
だから債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏は、ベッセント氏の掲げる3%の財政赤字目標について次のように述べていた。
財政赤字を7%から3%に削減すれば、3%の経済成長は無理だ。何故ならば、それはGDPを4%引き下げるからだ。それは無理だ。
政府支出を4%引き下げれば、単純計算でGDPは4%下がる。筆者は関税よりもこちらの方が株価にとって大問題だと考えている。当たり前だろう?
結論
だがそれをやらなければ米国債が暴落しかねないところに、トランプ政権は来ている。
ベッセント氏がかなり本気だということは、トランプ政権が株価下落でも怯まなかったころで証明されただろう。Soros Fund Managementでベッセント氏の後任として選ばれたドーン・フィッツパトリック氏の以下の言葉が正しかったわけである。
スコットの発言は文字通りに受け取るべきだ。
マスク氏はあと少しでDOGEを離れるということが報じられている。だが投資家にとっての問題は、仮にDOGEが十分な支出削減を果たせなかったとしても、ベッセント氏がそれで諦めるだろうかということである。
今、中途半端な赤字削減により、株価は下落し、世間から批判され、しかも財政赤字の問題はまだ解決されていないという状況にある。
トランプ政権の選択肢は2つしかないだろう。手のひらを返して痛みを伴う政策を諦め、米国債を見捨てるか、あるいはDOGE以外に赤字を削減する別の方法を見つけるかである。
筆者は少なくともベッセント氏が何か別の案を後で試すと考えている。株価が上がり、米国債の下落が止まっている限り、トランプ政権は株安のリスクを犯してでも景気を減速させる赤字削減を試みるというのが筆者の読みである。

以下の記事で述べたが、財政赤字の問題を何とかしなければ、米国市場はレイ・ダリオが著書『巨大債務危機を理解する』で解説していた1929年の世界恐慌に似た、株価と米国債の同時暴落という危機的な状況に陥る可能性がある。
投資家は世界恐慌の時の株価の動きを勉強した上で、注意しておくべきである。

巨大債務危機を理解する