レイ・ダリオ氏: 株価暴落の原因はトランプ関税ではなく米国債を中心とする金融秩序の崩壊

世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏がBloombergによるインタビューと自身のブログでトランプ政権による関税と最近の金融市場の混乱について語っている。

関税と景気後退

株式市場が下落している。世間では株安の原因はトランプ政権の関税だと言われており、アメリカの関税が景気後退を引き起こすことが懸念されている。

アメリカの株価指数であるS&P 500は次のように推移している。

ダリオ氏は、関税の実体経済の影響について次のように述べている。

景気後退になる可能性はある。

景気後退とは、2四半期連続で経済成長がゼロを下回ることで、現状ではそうなる可能性は十分ある。

しかしダリオ氏は同時に次のように続ける。

だが2四半期ほど経済成長がゼロかややマイナスになることなど誰が気にするだろうか?

わたしはそれよりももっと大きな要因について心配している。そちらの方がよほど深刻だ。

金融秩序の崩壊

ダリオ氏は関税が景気後退を引き起こす可能性はあるものの、そんなことよりももっと重要なことがあると言う。

ダリオ氏はブログの方で次のように書いている。

現在、人々は発表された関税と、その金融市場と実体経済への多大な影響に大きな注意を払っており、それは理解できるが、一方でその状況を引き起こした背景と、これから起きる可能性が高いもっと大きな崩壊に対してはほとんど注意が払われていない。

関税よりも注意を払うべきよほど重要なことは、金融・政治・地政学の大きな秩序が崩壊しかかっているということだ。

ダリオ氏の言う大きな秩序とは、アメリカとドルを中心とした世界秩序である。

ドルを中心とした世界秩序

戦後、世界経済はドルを中心に回ってきた。ヨーロッパ諸国や日本、中国などの国々は政府でも民間でもドル建て資産を大量に購入し、ドルの価値が下がらないことを前提に経済は動いてきたのである。

そしてアメリカ人の側も外国人が米国債を買ってくれるということを前提に、政府債務を増やせるだけ増やしてきた。コロナ後に世界的なインフレを引き起こした莫大な現金給付のために大量の米国債が発行されても、米国債が無秩序な暴落とはならなかったのは米国債の買い手が世界中にいたからである。

しかしダリオ氏によれば、それは変わりつつある。ダリオ氏は次のように述べている。

金融と経済の秩序は崩壊しようとしている。巨額の負債があり、増加の速度が速すぎ、現在の金融市場と実体経済はこの持続不可能な巨額の債務によって支えられているからだ。

この負債が持続不可能なのは、財政が負債に依存しているために巨額の負債を増やし続けざるを得ない債務者(例えばアメリカ)と、既に巨額の債券を保有しており、経済を支えるためにアメリカのような債務者に商品を売りつけることに依存している債権者(例えば中国)の間に不均衡が発生しているからだ。

アメリカと中国の相互依存

まず重要なのは、コロナ後の金利上昇で米国債の利払い費用が急増し、米国政府は国債の利払いを新たな国債の発行で賄っているということである。新たな国債には当然新たな利払いが生じるため、このままではアメリカの政府債務は指数関数的に増えてゆく。

また、次に重要なのは、アメリカの債務膨張の裏には中国の売上があるということである。

中国人が米国債を買い、アメリカ人に金を貸してきた一方で、アメリカは中国相手の貿易赤字を抱えているわけだから、中国人は自分が金を貸しているアメリカ人に、輸出品を売りつけてきたわけである。いわば、中国人はアメリカを通して自分のお金で自分の製品を買ってきたということになる。製品そのものはアメリカ人のものになるのだが。

そして中国でも不動産バブルの崩壊によって経済が立ち行かなくなっている。そこにトランプ大統領が、中国からの輸入に関税をかけるという脅しをかけた。アメリカは中国が信用できないため、中国から輸入していた商品を自国で作ろうとしているが、今更アメリカ人が工場で働くような製造業をやることは容易ではない。

また、中国の方でも米国債の保有を増やし過ぎたと感じている。自分のお金で他人に自分の商品を買わせるようなことは永遠には続けられない。このまま米国債の大量発行が続けば米国債の価値が毀損され、損をするのは米国債を既に持っている中国や日本である。

だから中国の方も米国債の保有を減らしたいのだが、アメリカにお金を貸さないことはアメリカが中国の製品を買えないことを意味する。

アメリカも中国も、この相互依存関係は何とかしなければならないと思っているのだが、そこから離脱することは痛みを伴うのである。

ダリオ氏は次のように述べている。

自給自足の重要性をめぐる大国同士の一種の戦争の結果、こういう状況が生じている。

ドルと米国債からの逃避

トランプ政権は、この相互依存関係の解消を強行したと言える。だがトランプ政権が中国を突き放すことは、アメリカとドルを中心とした金融秩序の崩壊を意味する。

だから金融市場では、株安の裏でドル安が進んだ。以下はドル元のチャートだが、初めは株安にいつものようにドルの上昇で反応していたものが、途中で急にドル安に転換している。

そしてこのドル安が中国と日本の米国債保有者にダメージを与えた。ドル安により米国債に含み損を抱えた日本や中国の金融機関が米国債を投げ売りしたため、株安にもかかわらず米国債が下落し、以下のように長期金利が上昇しているのである。

こんなことはリーマンショックでも起こらなかった。リーマンショックでも国債だけは上がり、金利は低下したのである。

ドルからの資金逃避

ということで、相互依存の解消はアメリカの貿易赤字の縮小とともに、ドル安をもたらす。それは戦後80年の金融秩序の崩壊であり、基軸通貨ドルの崩壊である。

つまり、この株安の裏にはドルと米国債の80年の巨大バブルの崩壊がかかっているのであり、ダリオ氏はそれは関税などの枝葉末節の問題よりもよほど深刻だと言っているのである。

ダリオ氏は次のように述べている。

通貨は、それは要するに国債だが、それはものを交換するための手段であり、価値の貯蔵手段だと考えられてきた。だが国債の需要と供給などの問題により、国債が果たして価値の貯蔵手段として有効なのかどうかということが疑問視されている。

結論

80年分の資金がドルと米国債、そして恐らくは米国株から抜け出そうとしているとすれば、その資金は何処に行くのか。

丁度、ドルが人民元に対して下落し始めたタイミングで高値を更新した資産がある。ゴールドである。

ここの読者なら知っての通り、筆者が去年の後半から何度も記事にしてきた銘柄こそがゴールドである。

ジョニー・ヘイコック氏などはピンポイントに米国株からゴールドへの乗り換えを主張していた。大当たりである。

投資家は関税などの目先のことは忘れて、こうした大きな資金の流れに目を向けなければならない。

そしてその中心には、覇権国家アメリカが、歴史上のほかの覇権国家と同じように、債務膨張とインフレで衰退してゆくというダリオ氏の国家の盛衰の理論がある。

ダリオ氏の国家のサイクルの話は著書『世界秩序の変化に対処するための原則』で解説されている。ここまでの話もそこに書かれている予想通りと言える。未読の人は読んでおくべきだろう。

ダリオ氏は次のように述べている。

これは普通の景気後退の状況ではない。金融市場の秩序そのものが変わろうとしている。


世界秩序の変化に対処するための原則