アメリカの財務長官で、Soros Fund Managementを運用していたヘッジファンドマネージャーでもあるスコット・ベッセント氏が、All-In Podcastのインタビューで、スタンレー・ドラッケンミラー氏やジョージ・ソロス氏とともに1992年のポンド危機をトレードした時の話をしているので紹介したい。
ポンド危機とソロスファンド
1992年のポンド危機と言えば、イングランド銀行がイギリスの通貨ポンドの価値を支えきれずに買い支えを断念し、ポンドの価値が急落した出来事だが、この時にポンドを大量に空売りしていたのがジョージ・ソロス氏のSoros Fund Managementであり、このトレードでソロス氏は「イングランド銀行を破壊した男」として知られるようになった。
ここの読者ならば、ソロス氏のトレードとして知られるこのポンド空売りが、実際には当時ファンドの運用を任されていたスタンレー・ドラッケンミラー氏のトレードであることは知っているかもしれないが、更に事実を言えば、このトレードの発案者はベッセント氏なのである。
ベッセント氏は当時、Soros Fund Managementのロンドンオフィスのトップを任されていた。ドラッケンミラー氏はファンド全体を運用しており、ベッセント氏は後に同じポジションに就くことになる。
ベッセント氏はポンド危機について次のように語っている。
ポンド危機は歴史上重要な事例だ。
イギリスの住宅バブルとポンド
ポンド危機へのシナリオに最初に気付いたのは、ロンドンオフィスにいたベッセント氏だった。彼は次のように語っている。
わたしはアナリストで、スタンがポートフォリオ・マネージャー、ジョージが全体のリスク管理をしていた。
当時、イギリスは住宅バブルだった。そしてイギリスの住宅金利には長期のものがなく、すべて変動金利だった。
だからイングランド銀行が水曜日に金利を変えれば、金曜日には住宅ローンの金利が上がる仕組みだ。
今では考えられないが、住宅ローンがすべて変動金利だということは、中央銀行が利上げをすればそれがすぐにすべての住宅ローンの金利に反映されるということである。
更に、イギリスはその状況下で、ポンドの価値を保たなければならない状況にあった。
当時、ヨーロッパは共通通貨ユーロへの移行期間であり、イギリスは当初、ユーロに参加する予定だった。
だがユーロに参加するためにはポンドの価値を一定の範囲に維持する必要があった。ベッセント氏は次のように説明している。
イギリスはドイツマルクに対してポンドの価値を一定のレンジに留めなければならなかった。
だが、イギリスが利上げをして通貨の価値を防衛し、為替レートをそのレンジに留めようとすれば、住宅オーナーたちが破産してしまうので持続不可能だと考えた。
要するに、イギリスはポンドの価値を維持しなければならないが、利上げをすると住宅ローンを借りている人が金利上昇で死ぬ、そういう状況にあったということである。
ポンド空売り
ドラッケンミラー氏も言っていたが、このトレードの重要な点は、リスクが非対称だということである。勝てば利益は大きいが、負けても損失は限られる。
何故か。ベッセント氏は次のように説明している。
スタンの分析が素晴らしかったのは、このレンジのお陰でリスクが驚くほど非対称なトレードができることに気付いたことだ。
こちらはレンジの一方向へ相手を押してゆくが、相手はレンジの範囲でしかこちらを逆側に押し返してこない。だから損失は最大で2.5%だった。
中央銀行が通貨をある範囲に留めようとしているが、それが持続不可能であるとき、投資家には素晴らしい状況が生まれる。もしレンジが破れれば投資家は大きな利益を手にするが、破れなくても為替レートはレンジに留まるだけで、投資家の損失は限定的である。
投資家にとって、これほど素晴らしいトレードはない。ベッセント氏のイギリス経済の分析からトレードのアイデアを組み立てたドラッケンミラー氏はソロス氏に話を持っていくが、その後は有名な話である。
ベッセント氏は次のように続けている。
スタンは興味深い話を語っている。ソロスにトレードの計画を伝えると、ソロスはポジションの規模を聞いた。スタンはファンドの資金の100%だと答えると、ソロスは非常に渋い顔をする。
スタンは自分が何か間違ったことを言ったかと思ったが、ソロスは「何故ポジションを3倍にしないのか?」と言った。
結論
そして、当然だが、イングランド銀行はポンドの価値を支えることができなかった。ベッセント氏は次のように述べている。
われわれは為替レートをレンジの片側へと押しやった。イングランド銀行とイギリス政府は大量のポンドを買い支えなければならなくなり、利上げを始めた。1992年9月のことだ。
最終的にはイギリスは高金利の圧力に耐えられなくなり、われわれは非対称なトレードのお陰で1日で20%以上の利益を得た。
当時のポンドドルの為替レートは次のように推移している。

この話をしているのが、今ではアメリカの財務長官だというところが面白い。
ちなみにこの話はジョージ・ソロス氏が自伝『ジョージ・ソロス』においてソロス氏の観点から語っているので、そちらも参考にしてもらいたい。

ジョージ・ソロス