レイ・ダリオ氏: 政府の借金が中央銀行の紙幣印刷で解決できない理由

世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が、自身のブログで新著『国家はどのようにして一文無しになるのか?』(仮訳)の内容を解説しているので、引き続き紹介してゆく。

ダリオ氏の新著

前回の記事で述べた通り、コロナ後のインフレを早々と予期し、インフレになる前に歴史上のインフレの研究を纏めた著書『世界秩序の変化に対処するための原則』を書いたダリオ氏が、新たな本を発表した。

その名も『国家はどのようにして一文無しになるのか?』である。

これまで歴史上国家がどのように成長して大国になり、そこから債務の増加とインフレによって衰退していくのかを説明していたダリオ氏が、今度は衰退の段階にだけに焦点を当てた本を出そうとしている。

それは何故かと言えば、先進国経済がまさにその衰退の段階に近づいているからである。

景気のサイクル

ダリオ氏は何故そう予想しているのか。それは、普段の好景気・不景気のサイクルの他に、更に大きい債務の長期サイクルというものを想定しているからである。

ダリオ氏は次のように述べている。

景気のサイクルについては多くの人が認識していて、それは短期の債務サイクルによって引き起こされると気付いている人もいるが、長期の巨大な債務サイクルについてはそうではない。誰も気付いておらず、それについて話す人もいない。

普通の景気のサイクルとはこういうものだ。中央銀行が金利を下げ、それによって人々が借金を増やす。借金でものを買うので景気が過熱する。

低金利を続けると景気が過熱し過ぎるので中央銀行が緩和を止め、やがて利上げをするようになる。そうすると景気が減速し、最終的には借金のバブルが崩壊して短期サイクルが一巡する。

このようにして2000年のドットコムバブルや2008年のリーマンショックが起こり、その後中央銀行は低金利政策に戻って短期サイクルがもう一度始まるということが繰り返されてきた。

長期の債務サイクル

バブル崩壊は、その後1〜2年の景気後退をもたらしはしたものの、その後景気は回復してきた。だから多くの人々はドットコムバブルもリーマンショックも終わった話だと考えている。

だが、筆者やダリオ氏が指摘したいことが1つある。危機を繰り返す度に、緩和政策の副作用が酷くなっているということである。

リーマンショックまでは量的緩和、つまり中央銀行による紙幣印刷でも実体経済への副作用はないように見えた。だがコロナ後には量的緩和以上の緩和政策が必要となり、印刷した紙幣を直接国民に給付する現金給付が行われ、緩和政策は遂に実体経済の物価高騰を引き起こした。

これは個々のバブルの生成と崩壊の話とは別のトレンドである。つまり、リーマンショックの話はそれだけで終わっていないし、コロナショックのインフレも、それが終わったと思えるのは次の危機が来るまでだろう。

短期のサイクルにおけるバブルの生成と崩壊を通してどんどん悪化しているこの状況こそが、ダリオ氏の言う長期の債務サイクルなのであり、しかもダリオ氏はこの長期サイクルが終わりに差し掛かっていると考えている。

長期の債務サイクルの終わり

ダリオ氏は、短期サイクルと長期サイクルの違いについて次のように説明している。

短期の債務サイクルと長期の債務サイクルの主な違いは、中央銀行がそれをひっくり返せるかどうかだ。

短期の債務サイクルなら、その減速フェイズは中央銀行が紙幣と信用を大量にばら撒けばデフレ状態の不景気から経済を持ち上げ、元に戻すことができる。

経済にはインフレなき成長を続ける余力がまだ残っているからだ。

だが短期の債務サイクルを人為的に元に戻すには政府債務の増加を必要とする。

そしてそれは経済危機のたびに膨張し続け、インフレによって金利が上がり、今のアメリカのように膨張した政府債務に高い金利がついて、借金の利払いだけで債務が急激に増えてゆく状況が生じる。

短期のバブル崩壊を紙幣印刷で解決することは、長期の債務サイクルを悪化させることに繋がる。それは数十年かけて少しずつしか悪化しないので、多くの人々には長期のサイクルなど存在しないように見える。

だがこの長期の債務サイクルこそが国家の「老化」の兆候であり、人が中年になり白髪になって死んでゆくように、国家も債務を増やしインフレを引き起こして死んでゆくのである。

それがかつての覇権国家、大英帝国やオランダ海上帝国などにも起こったことであり、ダリオ氏はそうした歴史研究を前著『世界秩序の変化に対処するための原則』に纏めている。

歴史上それを逃れた覇権国家などないというのに、アメリカだけそこから逃れられると考える理由は何だろうか。

結論

問題は、それは中央銀行の紙幣印刷ではどうしようもないことだ。ダリオ氏は次のように述べている。

しかし長期の債務サイクルの景気減速フェイズでは、中央銀行が紙幣と信用をばら撒いても元に戻せない。負債とその増加が持続不可能なレベルになっていて、国債の保有者が国債の価値が維持されることを信じなくなっているので、国債から逃げ出そうとするからだ。

中央銀行が問題を解決できるのは、印刷された紙幣を国民が有難く受け取る間だけだ。だが人々はインフレと通貨安によって徐々に紙幣の価値に疑問を持ち始めている。そういう人々は貴金属やビットコインを買っている。

中央銀行がいくら紙幣を印刷しても、人々がそれを受け取らなければ、穴の合いたグラスに水を注ぎ続けるようなものだ。ゾルタン・ポジャール氏が世界的なドル離れの帰結は米国債の下落だと言っていたことを思い出したい。

そうなれば緩和によって経済を支えてきた時代が終わる。長期の債務サイクルの終焉である。

人々がインフレによって紙幣の価値に疑問を持ち始めていることが、長期の債務サイクルが終わり始めていることの証明なのである。

ダリオ氏は次のように結論している。

世界経済は、歴史上何度も起こってきた政府と中央銀行の破綻のシナリオに突き進んでいる。そしてそれは大きな政治的・地政学的結末を引き起こす。

ダリオ氏が前著『世界秩序の変化に対処するための原則』で解説したように、経済不安は政治不安を呼ぶからである。それらは連動している。


世界秩序の変化に対処するための原則