アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏が自身が学長も務めたハーバード大学でのインタビューで、アメリカの財政赤字と軍事力の関係について語っている。
政府債務と覇権国家
2024年のアメリカ経済のテーマは政府債務だった。米国債の発行過多が国債価格の下落に繋がる可能性をポール・チューダー・ジョーンズ氏が2月に指摘して以来、それは今や機関投資家のコンセンサスとなっている。
だが2024年も終わりに差し掛かり、筆者がここで取り上げる専門家たちの間では新たなテーマが出現しつつある。それはアメリカの財政赤字の問題が、アメリカの覇権国家としての力に影響を与える可能性である。
最近それに言及したのは、ドナルド・トランプ氏によって次の財務長官に任命された、元Soros Fund Managementのスコット・ベッセント氏である。
単なる債務増加ならまだいいのだが、コロナ後の金利上昇によって米国債には大量の利払いが発生しており、アメリカの予算は急増する利払い費用に圧迫されている。
それは軍事費が圧迫されることも意味する。だから債務の問題がアメリカの覇権の問題になるのである。
西側の覇権の終わり
サマーズ氏は、この状況をかつての覇権国家である大英帝国の終わりに関連付けている。
サマーズ氏は第2次世界大戦前夜のイギリスについて次のように述べている。
イタリアやドイツなどのファシスト政権の脅威がありながら、なぜイギリスは政府支出を増やして再軍備をし、戦争に備えるということをしなかったのか。
それには様々な理由がある。そしてその1つは、債務が拡大していてそれ以上増やせなかったことである。
レイ・ダリオ氏が『世界秩序の変化に対処するための原則』で説明した通り、歴史上の覇権国家は債務増加とインフレによって衰退している。
それを知識として頭に入れている人はいるだろうが、本当の意味で理解している人は少ないかもしれない。だが、その現実がいまやアメリカのGDPに占める軍事支出の割合という目に見える数字となって迫ってきている。
西側と東側
イギリスの次に覇権国家となったのはアメリカだが、いま世界2位の大国なのは中国である。
サマーズ氏は次のように述べている。
アメリカ大統領とイギリスの首相は過去12年で20回ほど会談しているが、ロシアと中国のトップは42回会っている。
われわれは自分たちとはまったく異なる世界観を持った全体主義的な国々と対峙している。
問題は、そうした脅威にどのように対抗すれば良いのかだ。
ウクライナの件も中東の件も台湾の件も、アメリカは自分からわざわざそこまで出て行きながら「敵が迫ってきている」と素面で言うあたりが病気なのだが、それは置いておこう。自分の代わりにウクライナにミサイルを撃たせたバイデン氏をトランプ氏が痛烈に批判していることがまだ救いである。
だが、その状況さえもアメリカは自分で戦えないからウクライナに戦わせているのだという現実を示している。アメリカが自分で戦った戦争は、ベトナムであれアフガニスタンであれ酷い結果になっている。
財政赤字と軍事費
その原因は何か。米軍に実戦経験が乏しいという理由もあるだろうが、数字の方が明快である。
サマーズ氏は次のように述べている。
ホワイトハウスが提出した最新の予算にはCBO(議会予算局)が推計した今後10年の予算の見通しが参照されているが、それによればGDPに占める国防費の割合は3.5%から3%以下へと大きく減少すると見られている。
ちなみに戦後の時期には平均で6%近かった。
ちなみにアメリカの利払い費用はGDPの3.8%である。
高金利のせいで物凄い速さで増え続けている。ジョニー・ヘイコック氏は次のように言っていた。
歴史を振り返れば、大国において負債への利払いが国防費を上回るとき、もうその国は長くはもたない。
もしアメリカが戦争をしたら
サマーズ氏は決して中国がアメリカに代わって覇権国家になるとは信じていない。
だがそれでもサマーズ氏はアメリカの債務問題を心配している。そして債務問題は必ず軍事費の問題に直結する。
だからサマーズ氏は次のように言っている。
世界最大の債務者が覇権国家でいられる期間には何らかの限界があるはずだ。
アメリカは戦争にまだ参加してもいないのに、歴史上最速の速さで負債を積み上げている。
実際にアメリカ自身が戦争をやることになった時に赤字はどうするのかということである。
イギリスからアメリカへ
驚くべきは、コロナ後にアメリカが現金給付を決めた直後、覇権国家が債務とインフレで衰退した歴史を分析した著書『世界秩序の変化に対処するための原則』を淡々と書き始めたダリオ氏だろう。
ダリオ氏は今の状況を2020年から予想していたのである。サマーズ氏は次のように言っている。
歴史は決して同じ繰り返しにはならないが、しばしば韻を踏む。わたしはイギリスがやった過ちをアメリカが繰り返しているのではないかと懸念している。
世界秩序の変化に対処するための原則