ムニューチン財務長官が100年物国債発行に言及、米国株への影響は

トランプ相場で米国株が上がっている。インフレと経済成長を反映する長期金利の上昇は途中で止まっているが、株価の上昇は続いている。これは市場がトランプ政権の経済政策について、経済全体に広がることを疑問視しながらも企業にはプラスと考えているということである。

そしてそれは正しい。米国株の水準はやや高いが、まだ高過ぎる水準ではない。しかし、その評価を帳消しにして暴落を呼び込んでしまう可能性のある将来の要因が一つ存在する。ムニューチン財務長官が言及した超長期国債の発行である。

超長期国債

超長期国債については前回の記事で債券投資家のガントラック氏が、米国政府が今行うべきこととして推奨していた通りである。

それは確かに米国の膨らんだ政府債務に対する対処としては正しいのだが、しかしそこには落とし穴があると説明した。その落とし穴は米国株高に水を差すものである。米国株は株高に湧いており、米国株を買っている投資家に対しても止めはしないが、しかしそろそろ超長期国債発行というシナリオのリスクについて少なくとも思い出すべき時期だろう。

米国債には複数の期限があり、一般にその金利が長期金利と呼ばれる10年物国債や、一番長いものでは30年物国債が存在している。これはつまり、米国政府に10年お金を貸すのか、30年お金を貸すのかということであり、貸す期間の長い方が一般にリスクが高く、したがって金利も高くなるというのが普通である。

トランプ政権は現在最長の30年物国債よりも長い期限で国債を発行することを検討しているが、CNBC(原文英語)による最新のインタビューによれば、ムニューチン財務長官が50年物あるいは100年物の超長期国債の発行について既に財務省内で議論をしているそうである。彼は次のように述べている。

超長期債の発行は真剣に検討すべき選択肢だ。既に財務省のスタッフとともに議論している。投資家など様々な人々の意見も聞くが、50年物や100年物の国債を僅かな金利で発行出来るかということは非常に真剣なテーマだと思う。財務省としては検討することが理に適っていると判断する。

確かに、50年物国債や100年物国債をほとんどゼロに近い今の金利で発行出来るということは、低金利のメリットをあと一世紀受け続けることが出来るということであり、今後金利が上がるのであれば、米国政府の財政を改善する助けになるだろう。

しかし、超長期債の発行はメリットだけではない。債券市場と株式市場の両方を知る投資家であれば、超長期債発行が金融市場に与える悪影響が小さくないということはすぐに分かるだろう。

何故か? それは投資家とは複数ある資産クラスの中から投資する資産を選択して決めるものだからである。国債が魅力的でなくなれば株式を買い、株式が魅力的でなくなれば国債を買う。それぞれの市場が互いに影響を及ぼし合っているのであり、個人投資家で債券市場に詳しい人物はなかなか居ないだろうが、しかし機関投資家の眼から見れば、債券市場を知らずに株式市場について語ることは出来ないのである。『マーケットの魔術師』におけるジム・ロジャーズ氏の発言を思い出したい。

インドネシアのパーム油がどうなっているかを知らずにアメリカの製鉄株にどうやって投資できるだろうか?

すべての市場は繋がっているのである。

超長期国債と株価水準

さて、では現在の株価と国債の水準について再確認してみよう。それぞれの指標の利回りは以下の通りである。

  • 10年物: 2.38%
  • 20年物: 2.75%
  • 30年物: 3.02%
  • S&P 500: 3.77%(2016年3Q実績)
  • S&P 500: 5.09%(2017年末予想)

S&P 500はアメリカの株価指数だが、株価指数の利回りとは何かと言えば、株価指数を一つの株と見立てて一株当たり利益を株価で割ったもの(株価収益率の逆数)である。つまり、P/Eが25であれば利回りは1/25、つまり4%ということになる。利回りが予想値で5%というのは、100ドルで株を買えば、その株は毎年5%の利益を株主にもたらしてくれるということになる(その利益の内どれだけが配当になり、どれだけが内部留保になるということは無関係である)。

わたしが「米国株はトランプ相場で上昇後でもそれほど割高ではない」と言う時には、この数字を国債や社債の利回りと比べた上で判断している。勿論、将来の利益予想に基づいた株式の利回り計算は利益が上下すれば変わることになり、また債券は期限があり、株式には期限がないという違いはあるが、「この資産はどれだけの利益をもたらしてくれるのか」を考えてゆくというのは、投資家としての基本である。

超長期国債の利回りと株価水準

さて、30年物国債の利回りが3.02%であり、株式の利回りの予想値が5.02%である株価水準は、やや高いが、高過ぎるという水準でもない。国債の利回りが少ない状況では、より利回りの大きい株式を買おうとする投資家も居ることだろう。これが「投資家は多くの資産クラスから資産を選択して買う」ということである。株価水準を考える時にはここを考える必要があり、「P/E(株価収益率)が歴史的水準より高いか低いか」を考えるイェール大学のロバート・シラー教授のような人も居るが、彼は金融市場というものを何も理解していない。

話を戻すと、超長期国債の発行がこの状況をどう変えるかということである。上記のリストに50年物と100年物の利回りをおおよそで予想して加えてみよう。比較のためにジャンク債も追加しておく。

  • 10年物: 2.38%
  • 20年物: 2.75%
  • 30年物: 3.02%
  • 50年物: 3.50-3.80%(概算)
  • 100年物: 5-7%(概算)
  • ジャンク債: 5-6%
  • S&P 500: 3.77%(2016年3Q実績)
  • S&P 500: 5.09%(2017年末予想)

こうなる。恐らくだが、100年物国債の利回りは米国株の予想利回りを超え、ジャンク債と同じ水準になるだろう。

そうなればどうなるか? 以前にも言及したが、先ず起こることはジャンク債の暴落だろう。ジャンク債を発行しているシェール企業のような自転車操業の企業に5年や10年お金を貸すよりは、米国政府に100年貸す方が安全だとは言えるのではないか。(100年物国債は定義上ボラティリティがかなり高い債券になるという問題はあるが、技術的な話なのでここでは省略する。)

そしてジャンク債が暴落すれば、ジャンクではない社債にも影響を与えるだろう。債券の価格下落は利回りの上昇を意味するので、そうして上記の利回りのリストは徐々に数字が上がってゆく。

ここで何が言いたいかと言えば、トランプ相場とは基本的に、債券の利回りを上げ(価格下落)、株価の利回りを下げる(価格上昇)ことで、債券と株価の利回りの差を縮めてゆく政策だということである。

例えば2015年の末には30年物国債の利回りが3.01%、株式が4.23%(実績)だったが、それが3.02%と3.77%(実績)まで狭まってきている訳である。今後、株価が上がれば上がる程、この差が縮まることになるが、流石に例えば30年物国債と株式が同じ利回りでは、株式を保有するのは割に合わない。それは株価上昇の上限であり、投資家はこの天井を意識する必要がある。

そしてトランプ政権が超長期国債を発行すれば、投資家にとって株式を保有しなければならない理由はますます薄くなってゆくことだろう。

結論

トランプ政権の法人減税は企業利益を増加させ、利回りを向上させる。それが債券市場は経済成長とインフレを疑問視している一方で、米国株が上がり続ける理由である。Bridgewaterを運用するレイ・ダリオ氏がダボスで以下の記事のように述べたのも、こういう考え方をすればより納得が出来るだろう。

そしてその水準から言えば、確かに米国株はそれほど割高という訳ではない。長期金利も一時期よりは落ち着いたということもある。

一方で、トランプ政権は株高(利回り低下)と債券安(金利上昇)を演出しており、それが行き過ぎると自滅をしてしまうということも理解してもらえたと思う。トランプ政権は綱渡りを続けており、超長期国債発行は市場にとって恐らく地雷になってしまうのではないかと個人的には考えている。

しかし大統領の近くにはアイカーン氏やポールソン氏などの著名投資家も居るため、トランプ氏はその綱渡りについて承知していることだろう。トランプ政権がこの状況をどう乗り切ってゆくのか、引き続き報じてゆく。


マーケットの魔術師