引き続き、The Solid Ground Newsletterのラッセル・ネイピア氏のSkagen Funds主催の講演である。
債務と紙幣印刷
前回の記事では、ネイピア氏は金利上昇とともに、世界経済における中国の役割の変化が今後数十年の新たな世界経済を決めると主張していた。
先進国の国債の巨大な買い手だった中国は、不動産バブル崩壊によって今や自分を買い支えなければならない状況に追い込まれているからである。
中国の債務の大半は中央政府ではなく地方政府の債務だが、それらを合わせた中国全体の債務についてネイピア氏は次のように述べている。
中国の債務は物凄いことになっている。GDPの308%だ。
だがアメリカに比べてそれほど酷い状況ではない。われわれはインフレで債務を帳消しする方法を知っている。負債によるデフレに対処する方法を知っている。不動産会社や銀行の倒産に対処する方法を知っている。
紙幣印刷だ。
それはまさに、アメリカがリーマンショック後に量的緩和によって国債を買い支え、国内の債務を政府債務に一転集中させた方法と同じである。
レイ・ダリオ氏も中国はその方法で不動産バブル崩壊を乗り切るべきだと主張していた。
ネイピア氏はそれが不可避だと見ているようだ。ネイピア氏はこう言っている。
中国は紙幣印刷をしなければならなくなる。
ヨーロッパと紙幣印刷
さて、アメリカでは金利上昇で莫大な政府債務に利払いが発生し始め、機関投資家たちは米国債の価格下落を予想している。
だが例えばヨーロッパでもインフレになったのだから、この状況は多かれ少なかれ同じはずである。しかもネイピア氏によれば、ヨーロッパではアメリカ以上に解決不可能な問題が付加されているという。
それは共通通貨ユーロである。ドイツやフランスなど多くの国が同じ通貨の中に閉じ込められているということが問題を増幅する。
債務問題と共通通貨ユーロ
ネイピア氏は民間の負債などを合わせたフランスの債務について次のように語っている。
フランスの負債はGDPの323%だ。
そしてそれはドイツの状況とは大きく違う。
この部屋の半分がドイツで、この部屋の半分がフランスだとしよう。この部屋の経済に適切な名目金利の水準をどうやって見つければ良いのか?
共通通貨ユーロの問題は、経済規模も経済成長率も累積債務もまったく違う多くの国が1つの政策金利を共有しなければならないことである。
アメリカや中国の問題は、債務をインフレで帳消しにすれば解決される。国民の預金は紙切れになるが、債務問題は大きくならないかもしれない。戦後に日本やドイツがそうしたように。
単に金利を下げ、紙幣を印刷し、インフレを引き起こして国民の預金とともに政府債務を紙切れにしてしまえば良い。それこそが金価格が高騰している理由である。
インフレによる債務帳消しさえ出来ないユーロ圏
だがユーロ圏は話が違う。ユーロ加盟国は1つの中央銀行を共有している。ECB(欧州中央銀行)である。
では例えばフランスの債務が問題になったとき、ECBはどうすれば良いのか? ECBがフランスのために金融緩和をして、インフレを引き起こして債務を帳消しにしようとすれば、フランスほどは債務の問題を抱えていない他の国(例えばドイツ)もインフレの巻き添えになってしまう。
ECBはドイツとフランスの両方にとって適切な金利水準をどのように見つければ良いのか? ネイピア氏は次のように答えている。
答えは「見つけられない」だ。
結論
ネイピア氏は次のように予想している。
それは不可能だ。だからフランスがインフレで債務を帳消しにする必要に迫られ、ドイツがそうではない時、大きな争いになる。
それは長期的にユーロが下落するという見通しだけではない。もっと細かく具体的な政治的争いが生じる。
例えば2010年からの欧州債務危機のように、ギリシャなどの南欧諸国が債務危機に陥ってデフォルト寸前となり、ギリシャがユーロ圏離脱するかしないかという土壇場の中、インフレと借金を死ぬほど嫌うドイツ人がギリシャ人の借金を支えるという苦渋の決断をした時と同じような愛憎劇が再びヨーロッパで繰り広げられることになるだろう。
そしてそれはグローバルマクロの投資家にとって多くの投資機会を生むだろう。
当時のヨーロッパの状況は以下の記事に纏めている。
また、欧州債務危機についてはジョージ・ソロス氏が『ソロスの警告 ユーロが世界経済を破壊する』という本を書いているので、そちらも参考にしてもらいたい。欧州債務危機は終わっていないどころか、筆者の予想ではユーロ圏が崩壊するまで長期的に続くのである。
ソロスの警告 ユーロが世界経済を破壊する