前回に引き続き、世界経済フォーラム(通称ダボス会議)におけるBridgewater創業者レイ・ダリオ氏の発言を追ってゆく。恐らく今回のものが一番重要な発言だろう。
債務の長期サイクルは生きている
2016年、トランプ氏が大統領選挙で勝利する前まで、著名ファンドマネージャーらは先進国経済が恒常的な低成長トレンドに陥っているという認識で一致していた。経済学者ラリー・サマーズ氏はこれを長期停滞と呼び、ダリオ氏は債務の長期サイクルが終焉を迎えつつあると表現した。
しかしトランプ氏が勝利して減税と公共事業を約束すると、投資家達は途端に経済成長を予想し始めた。
これは何を意味しているのか? 世界経済の長期停滞は終わったのか? これまで経済を支えてきた債務の長期サイクルは限界を迎えつつあったが、それが急に力を取り戻したのか? ダリオ氏はそうではないと主張する。
債務の長期サイクルは支配的なトレンドだ。それは今でもそうだ。だからトランプ氏が出来ることは限られている。しかし、彼は少なくとも消費者や企業のアニマルスピリットを喚起する手段があることに気付いた。これは想定されていたよりも明るい未来だ。しかし実行には絶妙な工夫が必要となる。
アニマルスピリットとは、合理性の観点からでは説明の出来ない経済主体の不合理な心理、行動のことである。ダリオ氏はトランプ氏が大統領に選ばれてからこの単語を好んで使っている。ダリオ氏はこう続ける。
アニマルスピリットを喚起することは可能だ。それは何処から来るか? それは金融政策からではない。金融政策はこれ以上緩和的にはなれない。財政政策からそれを得ることはある程度は可能だろう。税率を変え、支出を増やす。しかし財政収支の問題はあり、大した規模にはならないだろう。
しかし規制緩和は興味深い。アメリカという場所を、金を儲けて資産を築き、事業を行い生産性を向上させるような環境へと変え、人々の関心を得ることが出来れば、海外から資金を呼び寄せることが出来るかもしれない。
これは前回の記事でダリオ氏が予測したような保護主義の結末とも一致している。保護主義の結果、企業はアメリカか中国かの選択を迫られ、ダリオ氏によれば企業はアメリカを選び、結果資金がアメリカに流入するというのである。
アニマルスピリット喚起の限界
しかし同時に、ダリオ氏はトランプ政権に出来ることはそれだけだと言う。トランプ政権はあくまでこれまで経済を支えてきた債務拡大の長期サイクルが限界に達しつつあるなかで出来る限りのことをしなければならないのである。
アニマルスピリットを喚起しても債務の長期サイクルを元に戻すことは出来ない。状況は1930年代に酷似している。1929年から32年まで経済恐慌があり、中央銀行は紙幣を印刷することで対応した。1932年から37年に経済は回復したが、貧富の差は広がり、ポピュリズムが台頭した。
ダリオ氏の言うポピュリズムとは、右派と左派両方のポピュリズムのことである。ダリオ氏は右ならばファシズム、左ならば共産主義のポピュリズムが想定され、極端に走る民衆の傾向は拡大しつつあると言う。
トランプ政権はこうした状況を上手く解決することが出来るだろうか? それはトランプ氏の振る舞い次第だとダリオ氏は言う。
トランプ政権はどういうものになるだろうか? 賢明で思慮深く、計算の出来る政権になるだろうか? 例えば関税の問題はどうなるか? 賢明な形で実行することが出来るだろうか?
ダリオ氏は政権の要職に選ばれているメンバーを見る限り、物事を理解している人々が選ばれている傾向があるとした上で、しかしトランプ政権が「賢明」であることが出来るかどうかを判断するのは時期尚早だとしている。
また、現在の米国株の水準については「程々に魅力的だ、しかし非常に魅力的であるわけではない」とし、「非常に魅力的な資産クラスが他にあるわけでもない」とした。米国株の適正水準については以下の記事で少し触れているので、そちらも参考にしてほしい。