まさか彼がここまで動揺しているものだとは思わなかった。ヒラリー・クリントン氏を支持する金融関係者はアメリカ大統領選挙前に「トランプ氏勝利なら市場暴落」と根拠のない話を吹聴してきたが、ソロス氏はその政治的プロパガンダを本当に信じて空売りを仕掛け、そして踏み上げられたらしい。
ジョージ・ソロス氏のトランプ相場トレーディング
WSJ(原文英語)がソロス氏に近しい人物の話として伝えるところによれば、ソロス氏は大統領選挙が近づくにつれて市場暴落を警戒し、そしてドナルド・トランプ氏が勝利すると、金融市場に対して弱気転換したという。
しかしその後何が起こったかは読者もご存知の通りである。アメリカの株価指数はトランプ政権の減税と公共事業を好感し上昇した。
また、アメリカの債券市場も経済成長とインフレを織り込む形で推移したため、長期金利は大きく上昇している。
ちなみに元の記事ではソロス氏が実際にどういうポジションを取ったかということまでは言及されていない。市場に対して弱気のトレーディングと言えば、株式の空売り、金利低下を見越しての国債の買い、ゴールドの買いなどが通常考えられるが、ソロス氏は恐らくそのどれか、あるいはそれらの組み合わせをトランプ氏の勝利を受けて実行したのだろう。しかし、現実にはそのどれもが大きな損失を生むトレーディングとなった。わたしは逆にそうしたポジションをトランプ氏勝利の直後に手仕舞っている。
一つ目の記事では「いずれにせよトランプ大統領で株安というのは理屈にあっていない」と伝えてある。
ここではトランプ相場における他の著名投資家の動向も伝えているが、その中でその後のトランプ相場を一番早く、しかも一番正確に予想したのは、皮肉にもかつてソロス氏のもとでファンドマネージャーとして働き、1992年のポンド危機ではソロス氏とともにポンドを空売りしたスタンリー・ドラッケンミラー氏である。
当時多くの批評家がトランプ氏勝利後の金融市場に悲観的になる中、ドラッケンミラー氏はトランプ政権の政策について「保護貿易の恐怖ばかりが強調されているが、その他の政策におけるプラスの面に比べてそれは誇張され過ぎている」として、アメリカ経済は成長に向かうと予想した。そして金融市場はドラッケンミラー氏の予想通りに推移した。今回のWSJの記事ではソロス氏との対比として、彼がこのトレードで相当な利益を得たことにも言及されている。
政治的になり過ぎたソロス氏
ソロス氏の問題が何かと言えば、それは明らかに自分の政治的スタンスに重心を置き過ぎたということである。世界中に政治団体を立ち上げて移民政策やグローバリズムを推進してきたソロス氏は、アメリカ大統領選挙ではヒラリー・クリントン氏を支持していた。そして反移民の旗を上げるトランプ氏を目の敵にしてきたのである。
ソロス氏はトランプ氏勝利の後、その潮流に耐えかねたのか、自分の主宰するMoveOn.orgというNGOを通じて反トランプデモを全米規模で扇動している。
しかもその一部は暴動に発展した。ソロス氏の政治活動はもう無茶苦茶である。
しかし投資家として言わせてもらうならば、どれほどトランプ氏が政治的に憎いとしても、その個人的感情と相場観を混同してはならない。主観的感情のために客観的投資判断の水晶玉を曇らせてはならないのである。ソロス氏は通常その辺りの判断を分けることが出来る投資家なのだが、今回のトランプ氏勝利がよほど堪えているということなのだろう。
結論
かつての師のこうした失敗を、ドラッケンミラー氏はどういう思いで眺めているだろうか。ソロス氏という人物のもとで働くということの難しさについて語っていたドラッケンミラー氏だが、投資家としてはソロス氏を非常に尊敬していた。
わたしも個人的にこのニュースが残念でならない。ソロス氏はこういう失敗をしない人物だと思っていた。来週ダボスで開かれる世界経済フォーラム(通称ダボス会議)でソロス氏は何か発言をするだろうか? 注目されるのは、中国の習近平国家主席が親グローバリズム的発言をするかもしれないという観測である。ダボス会議については目ぼしい発言があれば報じるつもりである。
反グローバリズムに動くイギリスとアメリカ、そしてグローバリズムに固執するドイツとEUという構図に、中国がどう関わってゆくのか、今後非常に注目されるだろう。