イタリアで1472年に創業された世界最古の銀行であるモンテパスキ銀行に公的資金の注入が決定された。ユーロが導入されて以来、ユーロ圏経済は不安定な状態にあり、その一番の結果はヨーロッパの銀行が抱える不良債権である。
その不良債権を多く抱えたモンテパスキは以前より破綻が指摘されていたが、ついに資金繰りが上手く行かなくなったということである。
ECB(ヨーロッパ中央銀行)の試算によれば、モンテパスキ救済には88億ユーロの資金が必要となるとされ、これはイタリアのGDPのおよそ0.5%に相当する。これがどの程度の規模かと言えば、例えば2008年の金融危機におけるバンク・オブ・アメリカの救済には当時のアメリカのGDPのおよそ0.3%に相当する公的資金が使われたから、0.5%というのは一つの銀行を救う資金としてはかなりの額である。
モンテパスキ救済に動いたイタリア政府
しかしながら、イタリア政府の行動は迅速だったと言える。モンテパスキが投資家から資金を集められないことが明らかになると、イタリア政府は即座にモンテパスキの救済を発表した。イタリア政府がモンテパスキを救済せざるを得なかったのは、機関投資家だけではなく個人投資家もモンテパスキの債券を持っていたためなのだが、この救済に関してイタリア政府とEUの間でやや軋轢が生まれている。
ドイツ「EU規則を守れ」
モンテパスキ救済に文句を言っている当事者はドイツである。ロイターによれば、ドイツの財務省は「ECBおよび欧州委員会はイタリアがモンテパスキへの公的支援についてヨーロッパの規則を遵守しているかどうか監視する必要がある」とし、「こうした規則が歪められることがあってはならない」との見解を示した。
これはどういうことか? ドイツ財務省の主張をより理解するためには、モンテパスキ救済のスキームについてもう少し説明する必要がある。
モンテパスキの破綻と救済
先ず、モンテパスキ問題の一番大きな部分は、ユーロ圏に不良債権が溢れているという事実を除けば、個人投資家がモンテパスキの劣後債を保有しているということである。劣後債とは企業が破綻した場合に他の債権者への弁済を優先する代わりに高い利回りを確保する債券のことであり、劣後債の保有者は通常の債券の保有者が破綻企業から弁済を受け取ってから、その残りから弁済を受け取ることになっている。つまり、今回の場合、モンテパスキの劣後債保有者は紙屑を持っているということになる。
さて、ここで問題になるのが救済に関するEUの規則である。EUの規則によれば、政府が公的資金を注入する場合、債権者にも破綻の責任を追わせるために、モンテパスキの劣後債は株式に転換されなければならないということになっている。モンテパスキの株式は紙屑同然になっているから、この状態では劣後債を保有する個人投資家は救済されないということになる。
破綻処理に関して債権者や預金者に責任を追わせる方法のことをベイルインと言い、EUはベイルインを望んでいるのである。
しかしイタリア政府は個人投資家を救済する道を選んだ。つまり、債権者には責任を負わせない実質的なベイルアウトを選んだことになる。
個人投資家の保有する劣後債は無価値な株式に転換されてしまうというのに、これはどういうことか? 先ず、モンテパスキは劣後債を株式に転換した後、その株式を新たな劣後債ではない債券と交換し、モンテパスキが受け取る株式はイタリア政府が買い取る計画になっている。これは実質的には個人投資家から劣後債を買い取ることに等しいのだが、劣後債を株式に転換しなければならないというEUの規則は表面上守っているということになる。ドイツはここに異議を申し立てている訳である。
イタリアのドイツへの反感
個人にも責任を負わせるベイルインが良いのか、あるいは税金で救済するベイルアウトが良いのか、というのは金融というよりも政治の問題であり、この点についてここでどうこう言うつもりはない。
しかしはっきりしていることがある。モンテパスキはイタリアの銀行であり、問題となっているのはイタリアの個人投資家と納税者の利害の話である。したがってこれはイタリア人が決めることであり、ドイツ人が決めることではない。
そもそも、ユーロ圏に不良債権が溢れているのは共通通貨ユーロがイタリアなどの南欧諸国にとって高過ぎるために輸出業が不振となり、経済が抑圧されているからであり、その一方でドイツの輸出業はドイツにとって安いユーロによって栄えるというドイツの植民地的EU経営のせいである。ギリシャもイタリアもドイツに資金を吸い取られている。これがユーロ圏債務危機の真相である。
にもかかわらず、ドイツは更に内政干渉を行おうとしている。こうした状況をあなたがイタリア人ならばどう思うだろうか? 日本が自国の企業の救済を行おうとしている時に、もし中国が指図してきたとすればどうか?
こうした見方を好む好まないにかかわらず、イタリアから見たユーロ圏、そしてEUというものはそういうものである。レンツィ首相が辞任したばかりのイタリアでは、2017年内に総選挙が前倒し開催されるとの目算があり、イタリアのユーロ圏離脱を目標とする政党「五つ星運動」の躍進が予想されている。
日本人にとっては驚きだったイギリスのEU離脱が現地の事情を知る人間にとっては当然の選択肢だったように、イタリアにとってユーロ圏離脱が同じようになる可能性は低くない。今後もヨーロッパの情勢を伝えてゆく。