6月23日の国民投票でイギリスのEU離脱が支持された後の金融市場の急落で、著名ヘッジファンドマネージャーのジョージ・ソロス氏が巨額の利益を得たとの報道がIndependent(原文英語)など英語圏でいくつか見られる。
確かにBrexitによるリスクオフは、世界経済に弱気な見方をしていたソロス氏のポートフォリオにとってプラスになっただろう。2016年に入ってから報じられているソロス氏のポジションは以下の通りである。
- 米国株の空売り
- 金の買い
- 米国債の買い
- アジア通貨の空売り
強いと思われていたアメリカ経済が減速することで米国株が下がり、米国は利上げが出来なくなる。利上げどころかむしろ緩和の方向へと進んでゆくことで、米国の長期国債とドル建ての金価格が上昇するという筋書きである。
ソロス氏は金に関するポジションを1-3月期のいずれかのタイミングで開始したようだが、彼よりも早く、2015年12月に金の買いを開始し、そのまま保有していたわたしのポートフォリオもイギリスのEU離脱を受けて大いに潤った。
EU離脱を受けてのリスクオフが金相場を押し上げたからである。金価格のチャートは次のようになっている。
また、ソロス氏の米国株空売りのポジションにとっても、EU離脱決定後のリスクオフはプラスとなったようである。以下は米国の株価指数S&P 500のチャートである。
確かにわたしやソロス氏のような投資家は、イギリス国民投票後の市場の変動から利益を受けた。しかし、わたしは別にEU離脱を予想していたわけではないし、ソロス氏はむしろEU残留を予想していた。国民投票前、金融市場が残留を織り込んでいた時、ソロス氏はWSJ(原文英語)にこう語っていた。
国民投票が近づくにつれて、残留派の勢いが強くなってゆくだろうと予想している。市場はいつも正しいわけではないが、この場合においてはわたしも市場に同意する。
また、ソロス氏はEU離脱のデメリットについても声高に主張していた。以下はガーディアン紙に寄稿されたソロス氏の記事(原文英語)からの引用である。
EU離脱は一部の人々をより豊かにするかもしれないが、ほとんどの有権者はかなりの程度貧しくなるだろう。
ソロス氏はEU残留を望んでいたのである。これはソロス氏の政治的な立ち位置に由来する。
2015年にProject Syndicateに寄稿されたソロス氏の記事の大半が、ヨーロッパとロシアの利害対立の場となっていたウクライナに対し、EUがより強力な対応を取ることを促すものだったことを思い出したい。ソロス氏はEUが団結してロシアに立ち向かうことを望んでいたのである。
ソロス氏はイギリス国民にとってのデメリットを声高に主張してはいたが、実際には政治的理由によりヨーロッパ人をEUのもとに団結させ、ロシアに対抗させたかったのである。そのような個人の勝手な政治的都合で自分の身の振り方に口出しされたのでは、イギリス人はたまったものではないだろう。EU支持派というのは、基本的には政治的野心とEU官僚の利権、そして国民の偽善によって構成される。しかしイギリス人はEU離脱を選んだ。
だからソロス氏がEU離脱を予想して利益を挙げたというのは、恐らく誤りである。彼はEU離脱を予想していなかったし、個人的にはEU残留を切望していたはずだ。長らく第一線から身を引いていたソロス氏は、最近現役復帰したと報じられたが、その理由は別にあるのである。
ソロス氏の現役復帰はイギリスのEU離脱による相場急落を予想してのことだという主張をたまに見かけるが、何を見当違いなことを言っているのかと思う。ソロス氏が見ていたものはEU離脱に対する市場の短期的な反応などではなく、より長期的な、あるいは超長期的な巨大なバブルであり、EU離脱による短期的なモメンタムは単にそれを後押ししたに過ぎないのである。
世界の金融市場はいまや伏魔殿である。巨大バブルが崩壊する日が近づいている。問題はバブルが崩壊するかどうかではない。いつ崩壊するかということなのである。