いつかは記事にしなければならないと思っていたが、日本政府の話題は筆者にとって常に優先順位が落ちるので後回しになっていた。だが日本の物価指数についてそろそろ書いてみようと思う。
世界的なインフレ危機
アメリカでは9%まで行ったインフレ率が6%まで下がってきている。アメリカのインフレ率は以下のように推移している。
このようにアメリカのインフレ率は2021年に上がり始めた。バイデン大統領が「インフレは自分の就任前からあった」と言って批判されたことがあるが、厳密には2021年初頭からである。
その理由は2022年のウクライナ情勢ではなく、2020年以後の世界的な現金給付がインフレをもたらしたからである。
お金をばら撒いてインフレになった。当たり前のことである。
日本におけるインフレ
実際、日本においても生産者物価指数(店の仕入れ値の物価)はウクライナ前の2021年から既に上昇していた。だが店はそれをなかなか商品の価格に転嫁できなかったのだが、2022年に「ウクライナ情勢でインフレになった」という事実に反する言い訳を手に入れたことで、店がインフレの転嫁を始め、日本における消費者物価が去年ようやく上がり始めたのである。
そしてその日本の物価は2023年に入って悪化している。だがそのすべては統計には表れていない。
何故筆者がそう言うのか、この時点で分かった読者がどれだけ居るだろうか。毎月のように日本のインフレ率のニュースを聞いて、何かおかしいと思った人が1人でも居ないのだろうか。
「その計算方法はおかしい」と思った人は1人でも居ないのだろうか。本当に誰も居ないのだろうか。筆者がこう言うのは、明らかにおかしい日本の消費者物価指数の計算方法に突っ込んでいる人を1人も見たことがないからである。
日本におけるインフレ率の恣意的な改竄
例えば日経新聞は少し前に発表された3月の東京のCPI(消費者物価指数)について、次のように報じている。
総務省が31日発表した東京都区部の3月の消費者物価指数は、変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が104.0で前年同月比3.2%上昇した。2月の3.3%から伸びが小さくなり、2カ月連続の鈍化となった。政府の電気・ガス料金抑制策の効果が続いた。
宿泊料は横ばいだった。全国旅行支援による割引が値上がりを相殺している。総務省の試算によると、電気・ガス料金抑制の効果と合わせた政策効果で生鮮食品を除く総合指数の前年同月比伸び率をおよそ1.1ポイント押し下げた。政策効果がなければ前年同月比4.3%上昇したことになる。
おかしい場所だけを抜粋している。ここまで書けば何がおかしいのか分かる読者が少なくとも何人かは居るだろう。そう信じたいものである。だが金融教育ということが叫ばれながら、つみたてNISAとかいうプロは誰もやらない自殺同然の投資法に盲目的に突っ込むだけで、このニュースを読んで何がおかしいかを理解するだけのリテラシーすらほとんど誰も持っていないか。それが現実なのか。
この物価の計算方法の何がおかしいかと言えば、全国旅行支援および政府によるエネルギーの購入支援において政府によって支払われた分が物価から取り除かれていることである。
政府支出と物価の関係
それがおかしい理由を説明しよう。例えば政府や都道府県が税金で東京の真ん中に便器を買うとする。
これを経済学では政府支出と言うが、政府支出によって買われたもののの物価は当然ながら物価の計算に含まれる。
例えば仮に政府が日本中の米を買い占めて米の価格が上昇した場合、それは当然物価指数に反映されなければならない。それが政府支出が物価に反映される場合の普通のやり方である。政府が買った便器だからといって、それが物価の計算から除外されることはない。
だがこれが現在日本政府が「インフレ対策」と称しながら行なっている購入支援策(それがインフレ悪化政策であることは子供でも分かる)の場合どうかと言えば、例えば全国旅行支援は旅行代金のうち20%を政府が支払うという政策であるので、例えば1万円の旅行で8000円を購入者が、2000円を政府が支払ったとしても、その物価は1万円であるべきであり、8000円ではない。
だが日本政府はこれを8000円と見なして物価を計算している。
インフレ対策という名の放火政策
それの何が問題なのか。物価指数の普通の計算方法を政治家が自分の都合で歪めたということ以外には、まずこれらの政策がそもそもインフレ対策ではなくインフレ悪化政策だということである。
全国旅行支援では誰もが8000円で1万円の旅行を買っているわけではない。むしろ政策を使っていない人々は全国旅行支援で旅行者が大挙したことによる宿泊費の高騰で苦しんでいる。
だが計算上はそれでもこの全国旅行支援は「物価押し下げ」政策であるということになる。これが詐欺ではなくて何であると言うのか。
そもそもインフレとは需要に対してものが足りないことでものの価格が上がることである。これに対する唯一の対策は、供給を増やすか需要を減らすことである。
だがこの全国旅行支援は不必要な需要をわざわざ創出してインフレに放火している。馬鹿ではないのか。電気・ガス料金についても同じことである。アメリカ政府が同じことをやって経済学者ラリー・サマーズ氏に批判されている。
物価詐称でインフレ悪化へ
そして一番致命的なのは、この粉飾された物価を物価とみなすことで日銀の金融政策が緩和的になることである。
マクロ経済学者である新総裁の植田氏がこの詐欺の手法に気付かないとは思わないのだが、仮に彼がこの粉飾をもとに金融政策を決めるとすれば、当然ながらインフレを過小評価して金融政策を緩和側に動かすことになる。
これで財政政策(インフレ悪化政策)と金融政策(金融緩和)が両方ともインフレを悪化させる状況が整う。はっきり言うが、日本のインフレは絶対に止まらないだろう。
日本政府の発表によれば、粉飾効果を除いた本来のインフレ率は4%台で推移している。海外要因の大きいエネルギーと生鮮食品を除いても3%台まで上がってきている。インフレは既に日本国内の問題となっている。
アメリカでもそうなっているように、国内のインフレに対しては国内の政策金利をインフレ率と同じ水準まで上げなければ対抗できない。だが金利が仮に3%や4%まで上がるとすれば、低金利に依存してきた日本経済は崩壊することになるだろう。
結論
だが日本経済がインフレを回避するシナリオがもう1つある。シリコンバレー銀行の破綻などに象徴されるアメリカ経済の問題が拡大して世界的な経済危機に陥ることである。
だがどちらにしても日本経済は死ぬことになる。日本経済はもう詰んでいる。それがアベノミクス以来の緩和政策の結末である。
何故こうなったのか。何故インフレ政策がインフレを目指す政策であることを日本国民は見抜けなかったのか。名前にインフレと書いてあるではないか。誰も知らなかっただろうが、インフレとは実は物価上昇という意味なのである。誰も気付かなかった衝撃の事実ではないか。
何故そんなことさえ気づけなかったのか。こういう詐欺的なニュースを詐欺的だと気付くリテラシーがないからである。しかし物価の計算方法よりもインフレの意味の方がよほどやさしいと思うのだが、それでも日本国民には難しすぎるらしい。
経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏の『貨幣論集』を読めとは言わないから(ここの読者には言うが)、せめて辞書ぐらいは引いてみてほしいものである。
貨幣論集