アメリカの元財務長官でマクロ経済学者のラリー・サマーズ氏が、Bloombergのインタビューで銀行危機とFed(連邦準備制度)の金融政策について語っている。
インフレと銀行危機
市場では今2つのことが注目されている。1つはシリコンバレー銀行の破綻に始まる世界的な銀行危機で、もう1つは短期的には弱まりつつあるものの長期的には懸念されているインフレだ。
インフレは複雑な状況になっている。最新の状況については以下の記事を参考にしてもらいたい。
Fedは難しい状況に置かれている。インフレを懸念するならば高金利継続、銀行危機を懸念するならば金利を下げなければならない。
この状況についてサマーズ氏は次のように述べている。
経済はいま分岐点にある。1つの可能性は、銀行危機が波及せず信用に大きな影響を与えずに過ぎ去り、インフレが深刻化してFedが市場の織り込みよりも大きく引き締めをすることになること、もう1つの可能性は経済の減速が深刻になることだ。
どちらも起こり得る可能性に見える。
これはなかなか珍しい議論のように見える。何故ならば、筆者や著名投資家たちは全員が景気悪化を予想しているからだ。
銀行危機がこれだけでは終わらないというのは筆者には予想というよりは事実のように思える。
銀行危機における議論で多くの人が間違っているのは、シリコンバレー銀行が今後経済にどういう結果をもたらすかを考えていることだ。シリコンバレー銀行の破綻は危機の原因ではない。結果である。
そして危機の原因は高金利である。高金利がシリコンバレー銀行の顧客であったシリコンバレーのスタートアップを苦しめ、預金を引き出したことが危機の発端となった。以下の記事で解説した通りである。
だからシリコンバレー銀行の破綻が経済に何をもたらすかではなく、高金利がどういう結果をもたらすかを考えなければならない。
そして高金利がシリコンバレー銀行とその顧客を破綻させたのならば、高金利が続く限り他の銀行も破綻してゆくはずだ。当たり前ではないか。
サマーズ氏は天才的な経済学者だが、投資家ではないので市場の力学を軽視する傾向にある。高金利が市場経済にとってどういうものかは経済指標には出にくい。だが投資家は経済の裏で動いているそういう力学を重視する。GDPや失業率にそれが表れる時には危機はすべて終わっているからである。
逆に市場の動向を追求し、債券市場が景気後退を示唆し続けていたことを根拠に今の状況を当て続けているのが債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏である。
2022年序盤にはサマーズ氏はインフレ予想について誰よりも正確だった。だがここからは投資家のターンかもしれない。経済動向の予想というよりは金融危機の予想が必要となるからである。
1度では終わらない経済危機
だがサマーズ氏は銀行危機がこのまま終わる可能性を考えながらも、実際にはそうではない可能性を懸念しているらしい。ただの経済学者ではないところが彼の凄いところである。彼は次のように述べている。
過去の金融危機を深く研究すれば、逆風は大きなものが一度だけ起こるわけではないことが分かる。
ベアスターンズの破綻からリーマンブラザーズの破綻まで6ヶ月あった。
リーマンが破綻した週でさえ株式市場は上昇に向かっており、Fedは利下げをしなかった。その週のFedの声明文ではインフレが大きく懸念されていた。
スコット・マイナード氏の次の言葉が思い出される。
エビデンスに基づけば、Fedの予想は常に間違っている。
リーマンショックの時は、もっと厳密に言えばリーマンブラザーズの破綻の1年半前に危機の兆候は表れていた。住宅価格がピークを迎えたからだ。以下の記事で詳しく説明している。
それが既にアメリカ経済にとってのチェックメイトとなっていた。だが誰もがそれを無視した。ジョージ・ソロス氏は当時の著書『ソロスは警告する』の中で次のように述べている。
2007年春、ついに終わりのはじまりがやって来る。住宅ローン大手のニュー・センチュリー・ファイナンシャル社が、サブプライム問題が原因で倒産したのだ。そこから先は、私のバブルのモデルでいう「黄昏の期間」である。住宅価格が下がりはじめているにもかかわらず、ゲームの終了が読み取れない参加者が、まだ大勢残っている段階だ。
リーマンブラザーズの破綻は2008年の秋である。
アメリカ経済の行方
銀行危機とインフレという二重苦に迫られたアメリカ経済について、サマーズ氏は次のように纏める。
ソフトランディングは最良の状況下でも非常に難しいだろう。
筆者は2022年の始めからずっと言っているが、アメリカ経済は既に詰んでいる。現金給付などのインフレ政策が見事にインフレを引き起こした時点ですべて終わりなのである。
それが銀行の破綻などの個々の問題に表れているに過ぎない。だが株式市場はここ数日上昇している。以下はS&P 500のチャートである。
銀行危機前の水準を上回って推移している。
だがこの状況についても筆者は事前に次のように書いて予想しておいた。
投資家は馬鹿なのでシリコンバレー銀行の破綻ももう少しすれば忘れるだろうが、2008年にベアスターンズの次にリーマンブラザーズが破綻したように、また次の事故が起こることで頭をもう一度叩かれるのである。
まさにその通りになっている。
だがいつ頭を叩かれるか、その日付を厳密に予想することは不可能である。だから短期的な動きは無視して粛々と長期トレンドに賭けることだ。
今の状況は『ソロスは警告する』におけるソロス氏の言葉をもじって次のように言えるかもしれない。
シリコンバレー銀行の破綻がアメリカ経済に対する高金利の影響を明らかに物語っているにもかかわらず、ゲームの終了を読み取れない参加者がまだ大勢残っている。
そろそろリーマンショック前の状況を復習しておいた方が良いだろう。
ソロスは警告する