さて、注目のアメリカのCPI(消費者物価指数)統計が発表された。2月のインフレ率はここ1年の上昇率を示す前年同月比で6.0%となり、1月の6.3%から更に減速した。
だがこのデータで一番重要なのはサービスのインフレが加速していることだ。それを止めるには高金利を続けなければならず、それはアメリカ経済がハードランディングへの道へ向かうことを意味している。
全体のインフレは減速
まずは前年同月比のインフレ率の推移をチャートで示そう。
アメリカのインフレ率はもう1年ほど下がり続けている。だがそれが今後どうなるのかを考えるためには、むしろ直近の、ここ数ヶ月の推移を考えなければならない。
だから今回の記事ではインフレ率を前月比年率(1ヶ月の変化が1年続けばどんなインフレ率になるか)で見てゆこう。前月比年率だとインフレ率のチャートは次のようになる。
2022年半ばに急落しているのは、原油価格がその時期から下がり始めたからである。
だが前月比年率のチャートは一度落ちてしまった過去の物価の変化にもはや影響されない。大きな下落は一度で終わっている。原油価格については後で触れるが、その後のインフレ率がおおむね5%以下に抑えられていることに着目したい。
恐らくはこれが、原油価格が大きく上がり、そこから大きく下がった影響を除いた後のアメリカのインフレ率の姿だろう。これに対してアメリカの政策金利は現在4.5%であり、インフレ率を抑えるための利上げはもう少しということはやはり言えるだろう。
エネルギー
さて、いつものようにインフレの内訳を見てゆこう。以下すべて前月比年率で見てゆく。
エネルギーのインフレ率は-6.5%となり、上で書いたように去年半ばから落ち込んでいる状況を継続した。
だが原油価格のチャートを見ると、最近は下落ペースが遅くなっていることが分かる。
ここ数日の話で言えばシリコンバレー銀行破綻のニュースから景気後退が意識されて少し下がった。
だが一方でゾルタン・ポジャール氏が原油価格が上昇しうる要因について語っていたことも思い出しておきたい。
シリコンバレー銀行破綻で一気に市場は景気後退を意識しはしたが、インフレはまだ油断ならない状況にある。
住宅インフレは徐々に下火に
今回一番安心できたのは住宅インフレだろう。住宅関連のインフレ率は6.7%となり、チャートは以下のようになっている。
まあ頭打ちしていると言って良いだろう。住宅価格自体がもう長らく下落を続けている。以下の記事で説明したようにCPIのデータに現れるまでタイムラグがあるとはいえ、ここから上昇に転じることはほとんどないと言って良いだろう。
加速続くサービスのインフレ
しかし今回最大の問題がやはりサービス価格のインフレである。だがその前にまず食品とエネルギーを除いたコアインフレ率のチャートを見てもらいたい。
コアインフレ率は今回5.6%となり、前回の5.0%から加速した。
5%程度に収束するというここ2年ほどのトレンドから離れてはいないが、あまり良くはないチャートの形と言える。政策金利が5%で足りるのかという疑問を抱かせる。
そしてコアインフレ率がそうなっている原因こそがサービスのインフレである。今回サービス(エネルギー関連を除く)のインフレ率は7.7%となり、前回の6.7%から加速した。
かなり良くないチャートの形をしている。
サービス業の主なコストは人件費なので、サービスのインフレは賃金のインフレに大きく影響される。
賃金のインフレはどういうものか。まず第一に借金をして設備投資をする会社はあっても、借金をして恒常的な費用である人件費を増やす会社はあまりないことから、金利を上げて借金をしにくくする引き締め政策は賃金インフレに効果を及ぼしにくい。
また、賃貸契約と同じで、賃金は新しく雇用されるか昇給を呈示されるまで変わらないので、賃金インフレは他のインフレに比べてタイムラグが大きい。他のインフレ率が減速を続けても、賃金のインフレだけが加速し続けるという状況がありうる。
そして以下の記事における検証によれば、それは実体経済がコケるまでそのまま続く可能性がある。
結論
さて面白いことになってきた。パウエル議長は間違いなく頭を抱えているだろう。
一方では、以下の記事で説明したようにシリコンバレー銀行の破綻は氷山の一角に過ぎず、実体経済の様々な部分は悲鳴を上げ続けている。
だが他方ではインフレ統計はそんなシリコンバレー銀行破綻のニュースなど一切気にせずに過熱したままの状況となっている。インフレ統計は人間の都合など聞いてくれない。
シリコンバレー銀行のような事例は、金利が高い限りこれからも起き続ける。だがインフレ統計は高金利継続を訴えている。
パウエル議長はこれまで、インフレを抑制するまで必要なことは何でも行うと口では言ってきた。だが一方で希望的観測でソフトランディングを予想し続けた点を経済学者ラリー・サマーズ氏は次のように批判していた。
例えばわたしがニューヨークでマンションを買うと言えばあなたは信じてくれるだろうが、50万ドルしか払う気がないと言えば、あなたはわたしが本気かどうか疑い始めるだろう。
パウエル議長は1970年代に当時のポール・ボルカー議長がインフレ退治のために払ったコストを理解していなかった。
だが今や彼の左右に崖が迫っている。インフレ統計は高金利継続を要求し、もう片方ではシリコンバレー銀行のような企業がこれからも悲鳴を上げ続ける。
これがインフレ政策の結末である。ハッピーエンドではないか。インフレを目指していた彼らはインフレになって大喜びだろう。そうでなければ理屈が合わない。
政府から現金が降ってきてみんなハッピーになるという幻想を欲しがった人々は、幸いなことにその幻想を手に入れた。だが物価高騰とその後の経済恐慌という当たり前の帰結も彼らに会いたいそうである。みんな楽しそうではないか。
現金給付が行われた当時誰も理解しなかったレイ・ダリオ氏の名言をもう一度置いておこう。彼が天才なのか。あるいは他が馬鹿なのか。それは誰にも分からない。
われわれが消費をできるかどうかはわれわれが生産できるかどうかに掛かっているのであり、政府から送られてくる紙幣の量に掛かっているではない。
紙幣は食べられない。