わたしはもうこれをずっと言い続けているが、ようやくヨーロッパの政治家にもEUに関する実情をはっきりと言ってのける人物が現れたようである。
最近ロンドン市長を後任に譲ったボリス・ジョンソン氏がテレグラフ紙のインタビュー(原文英語)でドイツの主導するEUを批判している。6月にイギリスで予定されているEU離脱の国民投票を見据えての発言である。ジョンソン氏はEU離脱賛成派で次期首相候補の一人と言われており、イギリスでは人気の政治家である。
EUの失敗
6月の国民投票において、EU残留派の旗印がキャメロン首相であるとすれば、EU離脱派の旗印はボリス・ジョンソン氏である。日本ではあまり有名ではないかもしれないが、国内の人気という点で言えばキャメロン氏を凌ぐのではないか。イギリスではそれほど著名な政治家なのである。そのジョンソン氏はこう述べる。
EUの悲惨な失敗は加盟国間の緊張をもたらし、そしてドイツにヨーロッパにおける過大な権力を与え、彼らがイタリア経済を乗っ取り、ギリシャを破壊することを許す結果となった。
ここの読者には周知の通り、イタリアやギリシャの経済がいつまで経っても回復しないのはユーロ圏に留まっているせいである。ドイツにとって安く、イタリアやギリシャにとって高過ぎる共通通貨ユーロは、イタリアやギリシャの輸出業や観光産業を完全に破壊し、しかもその利益をドイツの輸出業に移転する結果となった。
産業が困難を迎える時には当然税収が減り、政府の財政は悪化する。にもかかわらず、ドイツ人は、イタリアやギリシャの財政赤字は彼らが怠け者である結果であり、ドイツの財政黒字は自分たちが勤勉だからだと嘯くのである。何という欺瞞だろう。実際には共通通貨ユーロを通じて、南欧諸国の利益がドイツに移転されただけなのである。これは経済学では常識であり、この事実を否定するのは世界でドイツ人だけである。ジョンソン氏はこう言う。
イタリア人はかつて優れた自動車製造業を誇っていたが、これはユーロによって完全に破壊されてしまった。ドイツ人が望んだ通りにである。
ユーロはドイツの生産力がユーロ圏の他の地域に対して不可侵の優位性を得るための道具となってしまった。これはわれわれイギリス人にとって、節度と常識の声としてヨーロッパの救世主となり、目の前で繰り広げられる無秩序を止めるためのチャンスなのだ。
「節度と常識の声」という表現がイギリス人らしい。そこにあるのは常識的に見て不必要な混乱をあるべき方向へ持ってゆこうとする意志であり、政治的野心ではない。難民を歓迎する人々の奥には彼ら自身の政治的・個人的都合が潜んでいるが、そうした偽善から一歩退いて無秩序な難民受け入れに反対しているイギリス人のヨーロッパにおける姿勢は、日本人にも理解できるのではないか。
イギリスと正反対のドイツ
一方でEUを実質的に支配しているドイツには政治的野心しかない。わたしは以前より、ヨーロッパ統一を目指すドイツの野心はヒトラーがヨーロッパ統一を目指した頃から何も変わっていないと主張してきたが、ジョンソン氏は全く同じことを主張している。
ナポレオンやヒトラーなど、様々な人物がこの目的を成し遂げようとしたが、すべて悲劇的な結末に終わった。EUは同じ目的を別の手段で成し遂げようとしている。
だが、このような試みに欠如しているものは永遠に補われることがない。それはヨーロッパという概念に誰も帰属意識を持っていないということだ。誰もが理解し、敬意を払えるような権威は、そこには一つも存在しない。そのことがまさに、こうした試みに巨大な民主的虚無を産んでいるのだ。
ジョンソン氏はヨーロッパへの帰属意識など誰も持っていないと言ったが、これは正確ではない。ヨーロッパという概念に帰属したいと考えている民族はゼロではない。そしてそれはドイツ人である。
ドイツ人の脱ドイツ願望
ドイツ人にドイツ人であることを誇りに思うかと言えば、ほとんどのドイツ人が肯定的な答えを渋るだろう。周囲にドイツ人がいれば試してみてほしいのだが、この傾向は面白いほどである。
このことについてすべて説明すると長くなるが、先ず第一に、ドイツは100年ほど前にプロイセンが周辺諸国を服従させてドイツを建国するまで、それらの地域は小国の集まりだったのであり、ドイツとは実はアメリカよりも新しい歴史のない国なのである。したがってドイツ人には自分の国家という概念が薄い。
加えてドイツ人は、ヨーロッパにおいて礼節を重んじるイギリス人やフランス人から、礼節や文化の遅れた粗野で無骨な民族として、歴史的に何百年も見下されてきた。ドイツ人自身もそれを自覚しており、いつか他のヨーロッパ人を見返してやりたいと思ってきたのである。
そうした他国へのコンプレックスが爆発したのが第二次世界大戦である。他国を見返すという目的を彼らは武力で達成しようとした。大国ドイツの軍事力は強力なのであり、イギリスやフランスなど目ではないのだと証明しようとしたのが第二次世界大戦である。ただ、イギリスやフランスが軽蔑していたのは礼節の欠如であり、それを暴力で見返そうとする時点でドイツ人は何も分かっていないのだが、しかしそれがドイツ人なのである。
しかし第二次世界大戦でドイツは敗北した。外交能力のないドイツが戦争で勝てるわけがなかった。日本もこれを知っておくべきだったのである。外交に関してイギリスの右に出る国はない。
戦後、そうしてドイツには、ユダヤ人を無差別に殺し、ヨーロッパを支配しようとしたという汚名だけが残った。今やドイツ人はドイツ人であることを誇りに思うことが出来ない。だからその代わりにヨーロッパ人を名乗ろうとするのである。自分に誇ることのできるものがないから他人の威を借りようというのである。しかしイギリスにもフランスにもヨーロッパ人などというアイデンティティはない。彼らは完全にイギリス人であり、フランス人なのである。
しかしそれでもドイツ人たちは自分の都合しか考えていない。彼らはドイツという名前を歴史の彼方へ葬り去り、偉大なヨーロッパを率いる民族としてどうしても君臨したいのである。
独走するドイツ
こうした馬鹿げた狂乱にヨーロッパは付き合わされている。にもかかわらずそれに反対の声を挙げるのはジョンソン氏だけである。反移民の声は各地で上がっているが、問題の本質を理解しているのはジョンソン氏のみである。
「まともな政治家」という言葉はイギリスにのみ存在する。何故ならば、彼らのみが政治的野心ではなく常識で動こうとするからである。そして、そういう精神は紛れもなくエリザベス女王が体現するものに他ならない。エリザベス女王は最近、習近平国家主席をロンドンで迎えた際に、中国人たちが非常に無礼だったと発言して話題になっていた。彼女の発言に政治的意図はない。中国人はただ無礼だったのである。
エリザベス女王とボリス・ジョンソン氏が居る限り、イギリスはドナルド・トランプ氏のような過激な手段を必要としない。政治にはただ常識をそのまま述べる人物が必要なのである。